5-アミノレブリン酸(5-ALA)と鉄とアルテスネイトを組み合わせたがん治療
◉ 5-アミノレブリン酸はヘムの前駆物質
私たちの体内には、体重60kgで平均4g程度(2〜6gくらい)の鉄が存在します。鉄は全て食事から体内に摂取しています。 鉄は酸素などの小さな分子と強く特異的に結合する性質があります。体内の鉄の60%くらいはヘモグロビンのヘムとして存在し、酸素を運搬する働きを担っています。
図:ヘモグロビンはα鎖とβ鎖と呼ばれる2種類のサブユニットから構成される四量体構造をしている。各サブユニットには1つのヘムが結合している。ヘム(Heme)は2価の鉄原子とポルフィリン(プロトポルフィリンIX)から成る錯体で、赤血球中のヘモグロビンは、ヘムの鉄原子が酸素分子と結合することで酸素を運搬する。
5-アミノレブリン酸 (5-aminolevulinic acid:ALA) は、炭素数5で分子量131の動物および植物のミトコンドリアによって生合成される天然のアミノ酸です。5-アミノレブリン酸はポルフィリン、ヘム、胆汁色素の前駆体です。5-アミノレブリン酸はミトコンドリアでのATP産生を活性化する作用があります。
5-アミノレブリン酸はミトコンドリアの中でアミノ酸の一種のグリシンと、クエン酸回路(TCA回路)で生成されるスクシニルCoAという2つの物質から作られます。生成された5-アミノレブリン酸は一度ミトコンドリアの外に出て行きます。細胞内で何種類かのポルフィリンという物質に変化し、再びミトコンドリアに戻ってきます。そして、最終的にプロトポルフィリンIXに変わります。このプロトポルフィリンに鉄がくっついてできたのがヘムという物質です。(下図)
図:ミトコンドリアの中でグリシンとスクシニルCoAから合成された5-アミノレブリン酸は、ミトコンドリアの外に出て、細胞内で何種類かのポルフィリンに変化し、コプロポリフィリノーゲンになって再びミトコンドリアに取り込まれ、最終的にプロトポルフィリンIXに変わる。このプロトポルフィリンに鉄が結合してヘムという物質が作られる。
動物細胞では、8分子のALA がポルフィリン環を形成して,中心に二価鉄が配位されてヘムにな りますが、植物細胞ではプロトポルフィリンIXは、植物の細胞内ではマグネシウムと結合してクロロフィル(葉緑素)になります。クロロフィルは植物が光合成をする上でなくてはならない物質です。 ポルフィリンは、鉄、銅、亜鉛などの金属イオンと結合してヘムやクロロフィルなどを形成します。これらの化合物は、生物体内で酸素の運搬(ヘモグロビンとミオグロビン)、電子の移動(シトクロム)、光合成(クロロフィル)など、生命維持に必要な多くの重要な化学反応に関与しています。
プロトポルフィリンIXに鉄が結合したヘムは、生物の体内で多くの重要な機能を果たす化合物です。ヘムは主に以下のような役割を果たします。
1)酸素輸送: ヘムはヘモグロビンとミオグロビンという2つのタンパク質で中心的な役割を果たしています。ヘモグロビンは赤血球内に存在し、肺で酸素を結合して体の他の部位に運びます。一方、ミオグロビンは筋肉組織に存在し、酸素を保管して筋肉の運動に使用します。
2)エネルギー生成: ヘムは細胞内でのエネルギー生成に重要な役割を果たします。特にミトコンドリアの電子伝達系(呼吸鎖)という部位にあるシトクロムというタンパク質はヘムを含んでおり、これがエネルギー生成の過程で電子を輸送します。
3)解毒作用: ヘムは肝臓に存在するチトクロームP450という酵素群の一部であり、これが体内に取り込まれた様々な有害物質や薬物を無害化または分解する役割を果たします。
4)一酸化窒素の生成: ヘムは一酸化窒素(NO)の生成に関与しています。一酸化窒素は血管の拡張、神経伝達、免疫応答など、多くの生物学的プロセスを調節します。
以上の機能は全て、ヘムが鉄イオンを含む能力に起因します。この鉄イオンは酸素や電子や様々な有害物質と結合することができ、それにより上記のような多くの生物学的プロセスを可能にします。
図:5-アミノレブリン酸はプロトポルフィリンIXになり、鉄(Fe)が結合してヘムになる。ヘムはヘモグロビンやシトクロム、カタラーゼ、P450など多くのヘムタンパク質を構成し、細胞内で重要な働きを担っている。植物では、プロトポルフィリンIXにマグネシウム(Mg)が配位されるとクロロフィル(葉緑素)となり、光合成に寄与する。
以上のように、5-アミノレブリン酸(5-aminolevulinic acid、5-ALA)は、ポルフィリン合成経路の最初の生成物です。動物においてはグリシンおよびスクシニルCoAからアミノレブリン酸合成酵素の作用で合成されます。
5-アミノレブリン酸は最終的にプロトポルフィリンIXとなり、鉄イオンを配位することで、血液中のヘモグロビンや薬物代謝酵素であるP450を構成するヘムとなります。
さらに、ヘムは食物と酸素からエネルギーを取り出すという、我々の生命活動の根本を担う「呼吸鎖複合体」の中心的物質でもあります。5-ALAがなければ私たちはエネルギーを得る事が出来ず、活動すらできません。
5-ALAはミトコンドリアの機能を高める効果があり、エイジングケア、食後高血糖対策、脂質減少などの目的でサプリメントとして市販されています。◉ 5-アミノレブリン酸は光線力学療法に使われる
5-アミノレブリン酸(5-ALA)はある種のがんの診断や治療に用いられています。
5-ALAはプロトポルフィリIX (PpIX) という光感受性物質の前駆体として体内で利用されます。5-ALAを体内に投与すると、がん細胞内に多く取り込まれ、PpIXに変換されます。PpIXは特定の波長の光(通常は赤または近赤外光)に敏感で、この光を照射すると活性酸素種を生成し、がん細胞を破壊します。
このがん細胞に過剰集積するPpⅨは光活性を有するため、青色可視光(375-445nm)で励起すると、赤色蛍光(600-740nm)を発光します。このように5-ALAを光感受性物質として用いてがん細胞を赤色に蛍光発光させるがん診断法を光線力学診断と言います。また、同様に、がん細胞に特異的に過剰集積したPpⅨに、特定波長の光、主に赤色可視光(600-740nm)や緑色可視光(480-580nm)で低出力に励起し、がん細胞内で活性酸素を発生させ、傷害を与える治療法を光線力学治療(photodynamic therapy, PDT)と言います。
5-ALAを使った光線力学療法は、特に脳腫瘍、皮膚癌、頭頸部癌、ぼうこう癌などの治療に利用されています。また、5-ALAはがん細胞により効率的に取り込まれ、健康な細胞にはほとんど影響を及ぼさないため、治療の副作用を最小限に抑えることができます。5-アミノレブリン酸(5-ALA)は、体内投与後に細胞内に取込まれ、ミトコンドリア内でプロトポルフィリンⅨ(PpⅨ)に生合成されます。がん細胞では、このPpⅨが過剰に集積します。 その理由は、プロトポルフィリンⅨに鉄が結合する反応ががん細胞では低下しているためと考えられています。 5-ALAは体内でプロトポルフィリンIX(PpIX)に変換され、PpIXは特定の光波長に感応して活性酸素種(ROS)を生成します。これらのROSはがん細胞を破壊します。
がん細胞は通常、健康な細胞よりもより大量のPpIXを蓄積します。これはがん細胞が5-ALAをより効率的に取り込み、PpIXに変換する能力が高いためです。 しかし、一般的に、がん細胞はプロトポルフィリンIXからヘムへの変換が低下しているので、がん細胞ではプロトポルフィリンIX(PpIX)が多く蓄積すると考えられています。(下図)
図:正常細胞とがん細胞における5-アミノレブリン酸(ALA)の代謝の差異: 5-アミノレブリン酸は,正常細胞では最終産物であるヘムに代謝されるが,が ん細胞では特異的な代謝の性質によってヘムにまで代謝されず に中間代謝産物のプロトポルフィリン IX (PpIX)が蓄積する。
◉ がん細胞は鉄を多く取込んでいる
鉄はイオンの価数が変化する遷移金属で、簡単に二価イオン(ferrous:Fe2+)と三価イオン(ferric : Fe3+)の両方の型を行き来するので、電子の移動を伴う生体反応に利用できます。 例えば、NADPHオキシダーゼ、キサンチンオキシダーゼ、リポキシゲナーゼ、チトクロームP450酵素など、活性酸素を産生させるような酵素の活性に必要です。 ATPを生産するミトコンドリアの電子伝達系のシトクロムなど電子を輸送する様々なタンパク質にも使われています。ペルオキシソームで過酸化水素(H2O2)を分解するカタラーゼの活性にも鉄が必須です。 このように、鉄イオンは細胞の呼吸、核酸合成、増殖などに必須な補助因子として重要な役割を果たしています。
血液中では鉄イオンはトランスフェリンに結合して細胞まで運ばれます。 1つのトランスフェリンに2つの3価鉄(Fe3+)が結合します。 トランスフェリンは細胞膜にあるトランスフェリン受容体と結合し、エンドサイトーシスによって取り込まれ、リソソーム内で酸性の環境になると鉄イオンが解離し、2価の鉄(Fe2+)になって細胞内に取り込まれます。
フリーの2価鉄イオンは鉄の利用の主要な器官であるミトコンドリアへの供給に必要な細胞質鉄プール(酸化還元活性のある不安定鉄プール)として蓄積され、DNA合成、細胞周期の制御、ミトコンドリアでのATP産生などに必須の働きを担っています。 利用されない細胞質鉄プールのFe2+は、鉄を介した細胞の損傷を防ぐためフェリチンと結合して酸化還元反応を起こさない三価鉄(Fe3+)として貯蔵されるか、あるいは、フェロポーチンにより細胞外に排出されます。 フェリチンは体内で鉄を貯蔵するタンパク質で、鉄とアポフェリチンによって構成され、多くの鉄イオンの周りをミセルで覆うことによって鉄を貯蔵します。(下図)
図:鉄はトランスフェリンに結合して全身を循環している。1分子のトランスフェリンは3価の鉄イオン(Fe3+)を2個運搬できる(①)。 細胞膜に存在するトランスフェリン受容体に3価鉄イオンを結合したトランスフェリンが結合すると、この複合体はエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれる(②)。エンドソーム内の酸性の環境では、鉄イオンはトランスフェリンから離れ、3価の鉄イオン(Fe3+)は2価の鉄イオン(Fe2+)に還元される(③)。鉄が離れたトランスフェリンとトランスフェリン受容体は細胞膜に戻り、再利用される(④)。2価の鉄イオンは2価金属トランスポーター1(DMT1)を通ってエンドソームを出て細胞質に移行し、細胞内の様々な機能に使用される不安定鉄プール(the labile iron pool)に入る(⑤)。鉄イオンは細胞内の様々な目的で使用される。例えば、DNA合成に必要な酵素(リボヌクレオチド還元酵素など)の補因子、ヘム合成、鉄-イオウクラスターの形成など(⑥)。余剰の鉄イオンは鉄貯蔵タンパク質のフェリチンの中に貯蔵される(⑦)。鉄イオンは鉄排出ポンプであるフェロポーチンによって細胞外に排出される(⑧)。細胞質の2価鉄イオンは過酸化水素(H2O2)と反応して酸化作用の強いヒドロキシラジカル(・OH)を発生させ、細胞傷害を引き起こすので、細胞内での鉄イオンの利用は貯蔵や排出の調節が重要となる(⑨)。
増殖活性の高いがん細胞は、細胞膜のトランスフェリン受容体の発現量が増え、正常細胞に比べて鉄の取込みが増えています。さらに、細胞内の鉄イオンの調節に破綻をきたし、酸化還元活性のあるフリーの2価鉄(Fe2+)が過剰に存在する状況になっています。
◉ 2価鉄イオン(Fe2+)はフリーラジカルを発生して細胞を傷害する
鉄は様々な生体反応に必須の物質ですが、過剰になると活性酸素発生の触媒作用を発揮することによって細胞の酸化傷害を引き起こし、発がんのリスクを上げることが明らかになっています。 鉄の代謝異常で細胞内に鉄が多く蓄積する遺伝性疾患や、慢性炎症などでフリーの鉄イオンが増える状況では、細胞のがん化が促進することが明らかになっています。 さらに、人間では定期的に除鉄を行うとがん発生が抑制されることが明らかになっています。 1年に2回の定期的瀉血が内臓がんの発生を35%減少させるという論文が2008年に報告されています。(J Natl Cancer Inst. 2008 Jul 16;100(14):996-1002.)
つまり、献血のようにして定期的に瀉血して、体内の過剰な鉄を減らすことはがん予防に有効であることが示されています。 さらに、鉄による酸化傷害を防ぐことは細胞の老化の進行の抑制にも有効です。
2価のフリーの鉄は過酸化水素(H2O2)と反応してより有毒なヒドロキシルラジカルを生じ(フェントン反応)、DNA障害、脂質酸化、細胞死などを引き起こします。
鉄は電子の授受を容易に行いうることから種々の酵素の活性中心として働いており、地球上のほぼすべての生物にとってその生存に必須な元素です。 しかし一方で,二価鉄(Fe2+)が過剰に存在すると、その高い反応性ゆえにフリーラジカルの産生を促進し細胞に対する傷害性をもたらすということです。
つまり、鉄は「両刃の剣」であり、鉄は不足しても過剰でも生体に悪影響を及ぼすため、生体においては鉄の量がつねに適切な量になるよう厳密に調節される必要があるのです。
図:フェントン反応による過酸化水素(H2O2)からのヒドロキシラジカル(HO・)の産生(A)と脂質(ROOH)からの脂質ラジカル(RO・)の産生経路(B)。鉄イオンが関与する酵素は赤で示している。
慢性炎症組織やがん組織では、この鉄イオンの調節に破綻をきたし、フリーの2価鉄(Fe2+)が過剰に存在する状況になっています。この過剰鉄がフリーラジカルや活性酸素の産生を惹起して細胞毒として働き、細胞の老化やがん化を促進すると考えられています。
したがって、慢性炎症やがんの予防や治療における戦略としては、鉄イオンを減らす方法が考えられます。この方法として、瀉血や鉄のキレート剤の使用があります。 このような方法で鉄を減らせば、慢性炎症やがんの発生や進行を抑えられると考えられています。しかし一方、がん細胞内に過剰な2価鉄イオンが存在することを利用して、がん細胞を死滅させる治療が検討されています。以下のような論文があります。
A Novel Tumor-Activated Prodrug Strategy Targeting Ferrous Iron Is Effective in Multiple Preclinical Cancer Models(2価鉄イオンをターゲットにした新規の腫瘍活性化プロドラッグ戦略は、複数の前臨床癌モデルにおいて有効である)J Med Chem. 2016 Dec 22; 59(24): 11161–11170.
プロドラッグ(Prodrug)というのは、それ自体には薬理活性は無く、体内あるいは目標部位に到達してから何らかの変換を受けた後に薬理活性をもつ化合物に変換され、効果を発揮(活性化)する化合物です。 がん細胞および腫瘍組織微小環境には2価鉄イオン(Fe2+)が大量に蓄積しているので、この2価鉄イオンと反応して活性型に変換するプロドラッグは、がん細胞への毒性を高め、正常細胞への毒性を減らすことができるという新規の治療法について考察しています。
◉ アルテミシニン誘導体は抗マラリア薬として開発された
がん細胞内にフリーの鉄イオンが多いことを利用したがん治療薬がアルテミシニン誘導体です。 アルテミシニンは青蒿(セイコウ)というキク科の薬草から見つかっています。 青蒿(Artemisia annua)は中国伝統医学でマラリアなど様々な感染症や炎症性性疾患の治療に古くから使用されていました。
抗マラリア作用の活性成分がアルテミシニン(Artemisinin)で、その効果を高めたアルテスネイト(Artesunate)とアルテメーター(Artemether)という2種類の誘導体が合成されています。これらは現在、マラリアの治療薬として世界中で使用されています。青蒿からアルテミシニンを発見し、抗マラリア薬を開発した中国の女性科学者の屠呦呦(Tu Youyou)博士は、駆虫薬のイベルメクチンを開発した大村智氏およびW. C. キャンベル(William C. Campbell)氏と一緒に2015年のノーベル医学生理学賞を受賞しています。(459話参照)
マラリアは、熱帯・亜熱帯地域の70ヶ国以上に分布し、全世界で年間3~5億人、死者は100~150万人と言われる感染症ですので、その治療薬としてのアルテスネイトなどのアルテミシニン誘導体の開発は、ある本では「伝統薬から開発された医薬品としては、20世紀後半における最大の業績」という表現がなされているほど、医学において重要な成果だと言われています。
図:中国の女性科学者の屠呦呦(Tu Youyou)博士は、2011年のラスカー賞受賞に続いて、2015年度のノーベル医学生理学賞を受賞した。屠博士は、古くからマラリアの治療に利用されてきた青蒿(Artemisia annua)という薬草から活性成分としてアルテミシニン(Artemisinin)を発見した。アルテミシニンおよびその誘導体(アルテスネイト、アルテメーター)は、現在マラリアの治療薬として世界中で使用されている。さらに、抗がん作用があることから、がんの代替医療にも使用されている。
◉ アルテミシニンとその誘導体は正常細胞には毒性が少なく、がん細胞に抗がん作用を示す
近年、このアルテミシニン誘導体が抗がん物質として注目を集めています。 培養がん細胞を使った実験でアルテミシニンやアルテスネイトががん細胞を死滅させる作用や、がん細胞を移植した動物実験で、がんを縮小させる効果が報告されています。 さらに、抗腫瘍作用を示す投与量で、正常細胞に対する毒性が低く、副作用がほとんど無いという特徴を持っています。
アルテスネイトは昔からマラリアの治療に使われていた生薬の成分で、その安全性や副作用が軽度であることが確かめられています。 アルテスネイトなどのアルテミシニン誘導体は多彩な作用メカニズムで抗腫瘍効果を発揮することが報告されています。
がん細胞内でフリーラジカルを産生して酸化ストレスを高める作用、血管新生阻害作用、DNAトポイソメラーゼIIa阻害作用、細胞増殖や細胞死のシグナル伝達系に影響する作用などが報告されています。
臨床試験での有効性も報告されています。 抗マラリア薬のアルテスネイトは分子内にエンドペルオキシド・ブリッジ(endoperoxide bridge)を有し、これは鉄イオンやヘムと反応して、活性酸素を発生します。マラリア原虫が感染した赤血球ではヘモグロビンが分解したフリーの鉄イオンが存在し、このヘムや鉄イオンを介して赤血球内で多量に発生した活性酸素は、マラリア原虫を死滅します。
がん細胞はフリーの鉄を多く持つので、がん細胞の細胞膜や細胞内小器官の膜の脂質を酸化して傷害し、フェロトーシスやアポトーシスの機序で細胞死を誘導します。アルテスネイトは水溶性で、抗マラリア作用や抗がん作用はアルテミシン誘導体の中で最も高いと考えられています。毒性が極めて低いので、副作用がほとんど無いのが特徴です。しかし、体内での半減期が比較的短いという短所もあります。
アルテメーターは脂溶性で、アルテスネトより体内の半減期は長く、血液脳関門を容易に通過するので、脳マラリアや脳腫瘍にも効果があります。しかし、高用量を使用すると神経毒性が現れるという副作用があります。
アルテミシニンは、アルテスネイトとアルテメーターの2つの中間的な半減期をもち、血液脳関門も通過します。 米国では、これら3種類の成分を含有する製品がサプリメントとして販売されています。
5-アミノレブリン酸(ALA)を投与してアルテスネイトを投与するとがん細胞を死滅する効果が増強することが報告されています。◉ フリーの鉄よりヘムの方がアルテスネイトの抗がん作用を増強する
アルテスネイトは、非常に低濃度で体内のマラリア原虫を死滅します。マラリア原虫は赤血球内に感染します。マラリア原虫が感染した赤血球中では、マラリア原虫によって赤血球中のヘモグロビンが分解してヘムやフリーの鉄が蓄積し、その鉄とアルテスネイトが反応してフリーラジカルが発生してマラリア原虫を死滅させると考えられています。つまり、赤血球中のマラリア原虫の周りにはフリーの鉄やヘムが多く存在するので、アルテスネイトの効果が出やすいのです。
ヘム(Heme)はポルフィリン(プロトポルフィリンIX)に2価の鉄原子が結合した錯体です。赤血球に含まれるヘモグロビンはヘムにタンパク質(グロビン)が結合したものです。
図:マラリア原虫は赤血球に感染する(①)。アルテスネイトは分子内にエンドペルオキシド・ブリッジ(endoperoxide bridge)を有し(②)、これは鉄イオンやヘムと反応して、活性酸素を発生する(③)。マラリア原虫が感染した赤血球ではヘモグロビンが分解したフリーの鉄イオンが存在し、この鉄イオンを介して赤血球内で多量に発生した活性酸素は、マラリア原虫を死滅する。がん細胞はフリーの鉄を多く持つので(④)、がん細胞の細胞膜や細胞内小器官の膜の脂質を酸化して傷害し、フェロトーシスやアポトーシスの機序で細胞死を誘導する(⑤)。正常細胞は鉄が少ないので、アルテスネイトによるダメージを受けない(⑥)。
フリーの鉄よりヘムの方がアルテスネイトの抗がん作用を増強することが報告されています。
Heme activates artemisinin more efficiently than hemin, inorganic iron, or hemoglobin(ヘムは、ヘミン、無機鉄、またはヘモグロビンよりも効率的にアルテミシニンを活性化する)Bioorg Med Chem. 2008 Aug 15;16(16):7853-61.
アルテミシニン誘導体は、酸化還元反応を通じて抗マラリア活性を発揮すると考えられます。ヘム、無機鉄、ヘモグロビンはすべて、アルテミシニンを活性化する重要な分子として関与していると考えられています。アルテミシニンと、さまざまな酸化還元形態のヘム、第一鉄、脱酸素化ヘモグロビンおよび酸素化ヘモグロビンとの反応を、同様の in vitro 条件下で分析しました。
その結果、ヘムは他の鉄含有分子よりもはるかに効率的にアルテミシニンと反応し、アルテミシニンの主要な活性化因子であることを報告しています。がん細胞内の鉄やヘムの濃度は、マラリア原虫が感染した赤血球ほど高くはありません。したがって、マラリアの治療に比べて、がん細胞に対するアルテスネイトの効果はあまり強くありません。 しかし、アルテスネイトの抗腫瘍効果を高める方法が幾つか報告されていますので、それらを組み合せれば、強い抗がん作用が期待できます。以下のような報告があります。
The Role of Heme and the Mitochondrion in the Chemical and Molecular Mechanisms of Mammalian Cell Death Induced by the Artemisinin Antimalarials(アルテミシニン抗マラリア薬による哺乳類細胞死の化学的および分子的メカニズムにおけるヘムおよびミトコンドリアの役割)J Biol Chem. 2011 Jan 14; 286(2): 987–996.
この研究ではヒトがん細胞株のHeLa細胞と、HeLa細胞のミトコンドリアDNAを欠損させた細胞(HeLa ρ0)の2種類のがん細胞株を用いてアルテスネイトの抗腫瘍活性を比較しています。 ミトコンドリアは固有のDNA(ミトコンドリアDNA)を持ち、このミトコンドリアDNAには呼吸酵素複合体IからVを構成する85種類のサブユニットのうち13種類のたんぱく質を作成する遺伝子が存在します。 従って、ミトコンドリアDNAを欠失させるとミトコンドリアでの酸化的リン酸化によるATP産生が起こらなくなります。
ミトコンドリアDNAが欠損しても、酸化的リン酸化以外のミトコンドリアの機能は維持できます。がん細胞はミトコンドリアでの酸素を使ったATP産生を行わなくても、解糖系でATPを賄うことができるので、酸化的リン酸化が障害されても生存はできます。
アルテスネイト存在下で48時間培養した場合の50%細胞致死量はHeLa細胞が6 ± 3 μMで、ミトコンドリアDNAを欠損したHeLa ρ0細胞では34 ± 5 μMでした。 つまり、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が低下しているとアルテスネイトの殺細胞作用が減弱するという結果です。
また、アルテスネイトの殺細胞作用は、細胞のヘムの合成を亢進すると増強し、ヘムの合成を阻害すると減弱することを示しています。つまり、アルテスネイトの殺細胞作用の活性化にはヘムの存在が重要であることを示しています。◉ 5-アミノレブリン酸はヘムの合成を亢進してアルテスネイトの抗腫瘍効果を増強する
ヘムの合成を促進する方法として5-アミノレブリン酸があります。以下のような報告があります。
Mechanistic Investigation of the Specific Anticancer Property of Artemisinin and Its Combination with Aminolevulinic Acid for Enhanced Anticolorectal Cancer Activity.(アルテミシニンの特異的抗がん特性とアミノレブリン酸との併用による抗結腸がん活性の増強に関するメカニズムの検討。)ACS Cent Sci. 2017 Jul 26;3(7):743-750.
アルテミシニンの殺細胞作用が正常細胞に比べてがん細胞に強く発現するのは、がん細胞ではヘムの合成が亢進していることを指摘しています。 そこで、ヘム合成の前駆物質の5-アミノレブリン酸(aminolevulinic acid)を添加してがん細胞のヘム合成を亢進するとアルテミシンの抗腫瘍活性が亢進することを示しています。
マウスの移植腫瘍を用いた実験でも、アルテミシン単独よりもアルテミシン+アミノレブリン酸の併用の方が高くなることを示しています。つまり、アルテミシンとアミノレブリン酸の併用によるがん治療の可能性を示唆しています。
◉ 5-アミノレブリン酸と鉄はアルテスネイトの抗腫瘍効果を増強する
鉄とヘムはアルテスネイトによるフリーラジカル産生を促進します。つまり、アルテスネイトを使ってがん細胞を死滅する目的では、鉄と5-アミノレブリン酸を事前にがん細胞に取り込ませておくと、アルテスネイトの抗腫瘍効果を増強できます。
Antimalarial Drugs Enhance the Cytotoxicity of 5-Aminolevulinic Acid-Based Photodynamic Therapy against the Mammary Tumor Cells of Mice In Vitro(抗マラリア薬はマウスの乳癌細胞に対する 5-アミノレブリン酸ベースの光線力学療法の細胞毒性を in vitro で増強する)Molecules. 2019 Oct 29;24(21):3891.
【要旨】
アルテミシニンとその誘導体(アルテスネートやアルテメテーター)は、薬剤耐性および放射線耐性のがん細胞株においてマイクロモル範囲で抗がん効果を発揮する。アルテミシニンは、子宮頸がん細胞の放射線療法に対する感受性を高めることが報告されている。
本研究では、アルテスネート(artesunate)とアルテメテーター(artemether)がマウスの乳がん細胞に対する 5-アミノレブリン酸 (5-ALA) ベースの光線力学療法 (photodynamic therapy) の細胞毒性を増強できるかどうかを検討した。
コントロール、5-アミノレブリン酸、5-アミノレブリン酸 + アルテスナイト、および 5-アミノレブリン酸 + アルテメーターの各グループの補正 プロトポルフィリンIX 蛍光強度は、それぞれ 3.385 ± 3.730、165.7 ± 33.45、139.0 ± 52.77、および 165.4 ± 51.10 au であった。3 および 5 J/cm 2の光線量では、5-ALA-PDT(5-アミノレブリン酸 ベースの光線力学療法) 処理細胞の生存率はアルテスネイトおよび アルテメーター治療 により有意に減少した。 5-アミノレブリン酸 (5-ALA) ベースの光線力学療法による細胞死の数は、アルテメーター併用群で最も多かった。 活性酸素消去作用のあるN-アセチルシステインは、アルテメーターを併用した 5-ALA-PDT (5-アミノレブリン酸ベースの光線力学療法)によって誘導されるアポトーシス細胞または生存不能細胞の割合を有意に阻害することはできなかった。
これらの活性酸素種に依存しないメカニズムは、アルテメーター で処理した腫瘍細胞を用いた 5-ALA-PDT (5-アミノレブリン酸ベースの光線力学療法)の細胞毒性を増強する可能性があり、アルテメーター と 5-ALA-PDT を併用することが、腫瘍細胞に対する光線力学療法の細胞毒性を増強する新たな戦略となる可能性があることを示唆している。
5-アミノレブリン酸と鉄はアルテスネイトの抗腫瘍効果を増強する可能性を指摘しています。◉ 正常細胞とがん細胞の違いががん治療のターゲットになる
様々ながん治療法は、「がん細胞と正常細胞の違い」をターゲットにします。 例えば、がん細胞は正常細胞に比べて細胞増殖が亢進しているので、DNAの合成や複製の過程、細胞分裂のメカニズム(微小管の働きなど)、増殖シグナル伝達系を阻害すると、がん細胞の増殖を抑え、細胞死を誘導できます。
しかし、正常細胞でも、骨髄細胞や消化管粘膜上皮細胞や免疫組織(リンパ球)や毛根細胞も盛んに細胞分裂を行っているので、細胞増殖を阻害する抗がん剤は、骨髄抑制(白血球減少、血小板減少、貧血)や消化管障害(食欲低下、吐き気、嘔吐、便通障害など)や免疫力低下(リンパ球減少)や脱毛などの副作用が出てきます。
エネルギー代謝と物質合成においてもがん細胞は正常細胞とは異なる特徴を持っています。すなわち、がん細胞では解糖系と乳酸産生の亢進、ミトコンドリアの酸化的リン酸化の抑制という特徴があり、これを好気性解糖やワールブルグ効果と言います。
乳酸産生亢進の結果、がん組織は酸性化しています。 がん組織の酸性化は、がん細胞の増殖や転移や血管新生を促進し、免疫細胞の働きを抑制し、抗がん剤が効きにくくなります。 したがって、解糖系の阻害、乳酸産生の抑制、ミトコンドリアの酸化的リン酸化の活性化、がん組織のアルカリ化は、がん細胞の増殖抑制と細胞死誘導に役立ちます。さらに、がん細胞は細胞内の鉄の含有量が正常細胞に比べて極めて多いという特徴があります。 鉄を利用してがん細胞を死滅させる治療法が提唱されています。「がん細胞に多く含まれる鉄イオンを利用してがん細胞を死滅させる治療法」が「フェロトーシス(Ferroptosis)誘導によるがん治療」となります。
このような正常細胞とがん細胞の違いを数多くターゲットにすると、がん治療の有効性を高め、副作用を軽減できます。 ここでは、鉄とヘムとアルテスネイトを利用したがん治療について解説しました。鉄とヘムとアルテスネイトの組み合わせは、がん細胞の選択的に細胞死を引き起こす方法として試してみる価値はあります。
図:鉄はトランスフェリンに結合して全身を循環している。1分子のトランスフェリンは3価の鉄イオン(Fe3+)を2個運搬できる(①)。ほとんどの細胞の細胞膜に存在するトランスフェリン受容体(TFR)に3価鉄イオンを結合したトランスフェリンが結合すると、この複合体はエンドサイトーシス (Endocytosis)によって細胞内に取り込まれる(②)。エンドソーム(endosome)内の酸性の環境では、鉄イオンはトランスフェリンから離れ、3価の鉄イオン(Fe3+)は2価の鉄イオン(Fe2+)に還元される(③)。2価の鉄イオンはエンドソームを出て細胞質に移行し、細胞内の様々な機能に使用される不安定鉄プール(the labile iron pool)に入り、DNA合成に必要な酵素(リボヌクレオチド還元酵素など)の補因子、ヘム合成、鉄-イオウクラスターの形成など、細胞内の様々な目的で使用される(④)。アルテスネイト(⑤)は細胞質の2価鉄イオンと反応して活性酸素を発生させ(⑥)、過酸化脂質の蓄積を引き起こし(⑦)、フェロトーシスやアポトーシスによる細胞死を誘導する(⑧)。5-アミノレブリン酸(⑨)はミトコンドリアでのヘム合成を促進し(⑩)、ヘムはアルテスネイトと反応して活性酸素を発生する(⑪)。したがって、アルテスネイトと5-アミノレブリン酸とクエン酸第一鉄(⑫)などの鉄剤を併用すると、がん細胞に特異的に細胞死を誘導できる。
◉ アルテスネイトについてはこちらへ:
鉄剤は「フェロミア(クエン酸第一鉄ナトリウム)」を用いています。
5-アミノレブリン酸は厚労省(関東信越厚生局)から薬監証明を取得して中国のXintai Jiahe Biotech Co., Ltdから輸入して医薬品として処方しています。250mg, 60カプセル が12,000円(消費税込み)で処方しています。
アルテスネイト+5-アミノレブリン+フェロミア(クエン酸第一鉄ナトリウム)に関するご質問やお問い合わせは、メール(info@f-gtc.or.jp)か電話(03-5550-3552)でご連絡ください。
アルテスネイトと5-アミノレブリン酸を用いた「がんのフェロトーシス誘導療法」は以下の動画で解説しています。