発酵小麦胚芽エキス(Avemar)の開発の歴史
【Avemarの開発の歴史】
小麦胚芽には、2,6-dimethoxy-p-benzoquinone(2,6-DMBQ)などのメトキシ置換ベンゾキノン類(methoxy-substituted benzoquinones)といわれる成分が含まれています。メトキシ基は構造式がCH3O-と表される1価の官能基で、ベンゾキノン(benzoquinone)は分子式C6H4O2で表される有機化合物であり、1個のベンゼン環からなるキノンです。生体内には数多くのキノン類が存在し、様々な生物活性に関与しています。
小麦胚芽に含まれるメトキシ置換ベンゾキノン類(methoxy-substituted benzoquinones)には抗がん作用が報告されており、このメトキシ置換ベンゾキノン類を濃縮し、一定の含量に調整して製品化したのがAvemarです。
Avemarには1g当たり0.4mgの2,6-DMBQが含まれています。 天然の小麦胚芽にはメトキシ・ベンゾキノンは糖と結合して消化管から吸収しにくい状態で存在します。小麦胚芽をパン酵母で発酵させると、糖がはずれたフリーの生体利用性の高くなったメトキシ・ベンゾキノンが増えるのです。
小麦胚芽をパン酵母で発酵させた発酵小麦胚芽エキス(Avemar)には2,6-ジメトキシ・ベンゾキノンなどのベンゾキノンが多く含まれている。
発酵小麦胚芽抽出物の抗がん作用に最初に気がついたのはビタミンCの発見などにより1937年にノーベル生理医学賞を受賞したハンガリー出身(1947年にアメリカ合衆国に移住)の生理学者のセント-ジョルジ(Albert Szent-Gyorgyi, 1893-1986)です。 セント-ジョルジは、以前から知られていた抗壊血病因子がL-アスコルビン酸であることを明らかにし、ビタミンCと命名しました。同時に細胞呼吸の研究を続け、フマル酸などが呼吸反応(のちにTCA回路と呼ばれる)で重要な段階をなすことを発見しました。
1937年に、これらの業績(生物学的燃焼、特にビタミンCとフマル酸の触媒作用に関する発見)によってノーベル医学生理学賞を受賞しています。フマル酸はTCA回路(クエン酸回路)を構成する物質の1つで、コハク酸とリンゴ酸の中間体にあたります。
セント-ジョルジは筋肉の収縮の研究でも有名です。アクチンとミオシンと言う2種類のタンパク質が会合するとATPをエネルギー源として収縮することを発見しました。1954年には、筋肉の生化学でラスカー医学賞を受賞しています。
1950年代末からはがんの研究を精力的に行っています。今では常識になっているフリーラジカルと発がんの関連を最初に指摘したのがセント-ジョルジです。セント-ジョルジはがん細胞が異常に増殖するメカニズムに注目し、がん細胞の増殖を抑制する物質や促進する物質の研究を行っています。1960年代に妻と娘をがんで亡くしてから、がんの治療薬の開発に力をいれています。
さて、最初の抗がん剤はナイトロジェンマスタードで、第一次世界大戦に化学兵器として使われたマスタードガスのイオウ原子を窒素に置き換えた化合物です。DNAをアルキル化することによって核酸の合成を阻害して細胞の増殖を抑えます。白血病や悪性リンパ腫の治療薬として効果を認められましたが、その作用機序から明らかなように正常細胞に対する毒性による副作用が強いのが問題です。その後毒性を弱めたナイトロゲンマスタード誘導体が開発され、シクロフォスファミドやメルファランといった抗がん剤が現在も使用されています。これらはアルキル化剤という抗がん剤に分類されています。ナイトロジェンマスタードが最初にがん患者に使用されたのは1946年です。
つまり、セント-ジョルジががんの研究を行っていたころ(1960年代以降)は、強い毒性をもった化合物を使ってがん細胞を一掃するような治療法が主流になっていました。しかし、セント-ジョルジはそのような抗がん剤治療の考え方には反対で、より安全な治療法の開発を目指しました。がん細胞を直接死滅させるのではなく、がん細胞の代謝の異常に注目して増殖を抑える方法を見つけることを目標にしました。そのような研究の中で、小麦胚芽に含まれるキノンの一種ががん細胞の増殖を阻止する作用があることを見つけ、酵母で発酵させることによって抗がん活性が高まることを見つけています。
しかし当時のがん研究の領域では、「がんはいかなるコストを払っても抹殺すべき」という考えが主流で、「がん細胞を死滅させる細胞毒を見つけて抗がん剤にする」ような研究が重要と考えられていたため、セント-ジョルジが提唱する「がん細胞と交渉する」ようなアプローチは注目されず、1986年に93歳で亡くなってからは、この研究は次第に忘れ去られていきます。
ハンガリーは第二次大戦後ソ連に占領されて、冷戦体制の中では東側の共産圏に属していましたが、1980年代のソ連のペレストロイカ、1989年のベルリンの壁崩壊についで、1989年の秋にはハンガリーも共産主義が崩壊しました。東西の冷戦が解け、医学の分野でも東西の壁が無くなり、ハンガリーでも自由な研究が可能になりました。そのような社会状況で、アメリカで亡くなっていたセント-ジェルジの基礎研究が、彼の祖国ハンガリーの化学者のヒッドヴェギ(Dr. Mate Hidvegi)に見出され、発酵小麦胚芽エキスの抗がん作用の研究が再開されます。
しかし、ヒッドヴェギの研究も研究費不足で行き詰まり、中止せざるを得ない状況に追い込まれます。信仰心の厚いカトリック教徒のヒッドヴェギは聖母マリアに助けを求めて祈ります。すると、奇跡のようなことが起こり、翌日、彼の研究に資金を提供する人が現れました。 その資金を使って研究を続け、ついにパン酵母を使った発酵小麦胚芽エキスの製造法の特許を取得し、製品を開発しました。そこでマリアに感謝の意をこめて、その製品にAvemar (Ave Maria)という名をつけたのです。Aveは感謝するという意味で、「Ave Maria」は「聖母マリアで感謝する」という意味です。 このような経緯で発酵小麦胚芽エキス(Avemar)が世にでるようになったのです。