発酵小麦胚芽エキスに関する論文紹介

 

Fermented wheat germ extract--nutritional supplement or anticancer drug?
(日本語訳タイトル:発酵小麦胚芽抽出物 :栄養補助食品か抗がん剤か?

Nutr J. 2011 Sep 5;10:89. doi: 10.1186/1475-2891-10-89.
Mueller T, Voigt W. (University of Halle, Department of Internal Medicine, Oncology/Hematology and Hemostaseology, Halle/Saale, Germany.)

発酵小麦胚芽エキス(Avemar)の抗がん作用に関しては数多くの研究論文が発表されています。
Avemarは栄養補助食品の区分にはなるのですが、動物実験や臨床試験の結果ではかなり確実な抗腫瘍効果が認められており、抗がん剤に匹敵する抗腫瘍効果があることを意味するためにこのようなタイトルになっています。多くの臨床試験によって、Avemarは標準治療と併用して、副作用を軽減し抗腫瘍効果を高めることが示されています。Avemar単独でもがん細胞の増殖を抑える効果や免疫力を高める効果など複数の作用機序で抗がん作用を発揮します。この論文の本文を以下に日本語に訳して紹介します。

背景:

多くのがん患者は、がんの経過中においてがん性悪液質や食欲不振を経験する。 がん性悪液質の発生メカニズムは十分に解明されていないが、炎症性サイトカイン(IL-6やTNF-α)など様々な因子が関与している。
臨床的には、がん性悪液質の過程では、体の痩せや体力低下や倦怠感などが起こり、生活の質(QOL)が低下する。 細胞レベルでは、免疫応答が抑制され、代謝も障害される。さらに、悪液質の存在はがん患者の生存期間を短くする要因となり、体重の顕著な減少はがん治療が失敗することを示唆する。
がん性悪液質が起こりやすい膵臓がんなどでは、体重減少が起こり始める前に、栄養補助食品などを利用して悪液質の進行を防ぐことが大切である。 このような目的で有望ながん患者向けの栄養補助食品として発酵小麦胚芽エキス(fermented wheat germ extract)がある。これは国によっては、薬局で栄養補助食品として入手可能である。商品名はアヴェマー(Avemar)という。
他の栄養補助食品と同様に、発酵小麦胚芽エキスは何百あるいは何千種類という多くの異なる成分を含んでいる。 しかし、最近の研究によると、小麦胚芽にグルコースと結合したグルコシドとして存在する2-メトキシ・ベンゾキノン(2-methoxy benzoquinone)2,6-メトキシ・ベンゾキノン(2,6-methoxy benzoquinone)が発酵小麦胚芽エキスの抗腫瘍効果の作用メカニズムとして重要であることが報告されている。
発酵小麦胚芽エキスを製造する特許製法は、小麦胚芽を抽出し、酵母菌(パン酵母:Saccharomyces cerevisiae)で発酵させ、発酵物の濾過液をフリーズドライ法で乾燥して粉末にしたものである。 製造過程においてクロマトグラフィーで成分のチェックを行い、標準化された製品が製造されている。
発酵小麦胚芽エキスの大量生産が可能になったため、前臨床試験や臨床試験が多く行われるようになり、その作用メカニズムや臨床的な有効性が報告されるようになった。
発酵小麦胚芽エキスには多彩は活性があるにも拘らず、その毒性や変異原性は極めて低い。 発酵小麦胚芽エキスは単独で抗腫瘍活性を示すが、通常の抗がん剤治療と併用して、抗がん剤の活性を阻害したり、副作用を増強する作用は無い。
この総説の目的は、悪性腫瘍に対する発酵小麦胚芽エキス(Avemar)の効果と作用メカニズムをまとめ、考察することである。

作用機序:

代謝に対する作用
正常細胞に比べて、がん細胞はグルコースの取込みと解糖系と乳酸の産生が亢進している。 増殖活性の高いがん細胞では細胞を増やすために核酸合成が亢進しているが、この核酸合成の材料はグルコースであり、ペントース・リン酸回路での代謝によって核酸が合成される。
発酵小麦胚芽エキスはがん細胞のグルコースの取込みを阻害し、トランスケトラーゼ、グルコース-6-リン酸脱水素酵素、乳酸脱水素酵素、ヘキソキナーゼなど糖代謝と核酸合成(ペントース・リン酸回路)を阻害する。 解糖系とペントース・リン酸経路の阻害のほかに、リボヌクレオチド還元酵素を阻害することによってDNA合成を阻害する。リボヌクレオチド還元酵素はリボヌクレオチドをデオキシリボヌクレオチド-3リン酸に変換してDNAの新規合成の鍵となる酵素である。
このような糖代謝とDNA合成の経路の阻害作用は、発酵小麦胚芽エキスの増殖抑制作用の作用メカニズムになっている。リボヌクレオチド還元酵素は多くのがん細胞で活性が亢進しているので、がん治療のターゲットとして有望である。
他の多くの抗がん剤(gemcitabine, fludarabine or clofarabine)と同様に、発酵小麦胚芽エキスはヒト大腸がん細胞株HT29とヒト前骨髄性白血病細胞株HL-60においてリボヌクレオチド還元酵素を阻害する作用が報告されている。
その他に、発酵小麦胚芽エキスにはシクロオキシゲナーゼ-1(COX-1)とCOX-2の活性を阻害する作用が報告されている。シクロオキシゲナーゼはアラキドン酸からプロスタグランジンを合成する際の鍵となる酵素である。 プロスタグランジンは炎症を増悪させる作用があるので、COX阻害作用がある発酵小麦胚芽エキスが、関節リュウマチの治療に効果を示す根拠となる。

がん細胞の増殖抑制効果:
ヒトのがん細胞株の培養細胞(in vitro)やマウスの移植腫瘍(in vivo)の動物実験モデルを用いて、がん細胞の増殖に対する発酵小麦胚芽エキスの効果が検討されている。
培養細胞を用いた実験では、発酵小麦胚芽エキスは、大腸がん、精巣がん、甲状腺がん、卵巣がん、非小細胞性肺がん、乳がん、胃がん、頭頚部がん、肝臓がん、神経膠芽腫(グリオブラストーマ)、悪性黒色腫(メラノーマ)、子宮頚がん、神経芽細胞腫など多くのヒト由来がん細胞株に対して抗腫瘍活性を示した。 これらの実験において、50%抑制濃度(IC50)は0.04〜0.7mg/mlの範囲であり、この結果は他のグループからの実験結果と一致する。
培養細胞や移植腫瘍を用いた実験で、発酵小麦胚芽エキスは用量依存的にがん細胞の増殖を抑制した。 発酵小麦胚芽エキスはカスパーゼ-PARP(ポリADPリボースポリメラーゼ)経路に作用してアポトーシスを誘導する作用機序が報告されている。
発酵小麦胚芽エキスは単独で抗腫瘍活性を示すが、エストロゲン受容体陽性の乳がん細胞に対するタモキシフェンの抗腫瘍活性を増強した。
培養した大腸がん細胞を用いた実験(in vitro)では、5—FUとオキサリプラチンとイリノテカンの併用投与による抗腫瘍活性を、発酵小麦胚芽エキスは増強した。 動物(マウス)にがん細胞を移植するin vivo実験では、発酵小麦胚芽エキスと5-FUあるいはDTIC(デカルバジン)の併用投与は、大腸がん細胞(ヒトHCR-25細胞株)の腫瘍組織の増大を抑制し、メラノーマ(マウスB16細胞株)の転移形成を抑制した。 培養がん細胞株を用いた実験で、発酵小麦胚芽エキスが抗がん剤(デカルバジン,アドリアブラスチン, 5-FU, ビノレルビン, シクロフォスファミド, ドキソルビシン)の作用を弱めたり、副作用を増強する作用は認められなかった。

がん細胞の転移抑制効果:
様々な種類のがん細胞株を用いたがん転移の実験モデルにおいて、発酵小麦胚芽エキスの転移に対する効果が検討されている。
発酵小麦胚芽エキス(1日3g/kg)の投与は、肝臓や肺へのがん細胞の転移形成を顕著に抑制した。 さらに、5-FUあるいはデカルバジンと発酵小麦胚芽エキスの併用は、大腸がんやメラノーマの転移を相乗的に抑制した。 また、肺がん細胞やメラノーマや神経芽細胞腫や大腸がんの細胞株を用いた実験では、発酵小麦胚芽エキスの単独投与あるいはビタミンCとの併用はがん細胞の転移を抑制した。しかし、B16メラノーマ細胞株を用いた実験系では、発酵小麦胚芽エキス単独投与の方がビタミンCとの併用より転移抑制効果が高かった。(注:発酵小麦胚芽エキスとビタミンCの併用は推奨できないということを意味している)

免疫学的効果:
基礎研究や臨床研究で確かめられている発酵小麦胚芽エキスの抗腫瘍効果は、がん細胞に対する直接的な作用だけによるものではない。がん細胞に対する免疫細胞の働きを高める効果も指摘されている。
ナチュラルキラー(NK)細胞 正常な細胞は表面にMHCクラスIタンパク質(MHC-1)という分子をもち、それによってナチュラルキラー細胞(NK細胞)が攻撃しないようにサインをだしている。がん細胞もこの分子の発現を増やしてNK細胞の攻撃を回避している。そして、発酵小麦胚芽エキスはがん細胞におけるMHC-1の発現を顕著に抑制する作用がある。
発酵小麦胚芽エキスによるMHC-1の発現抑制作用は、がん細胞内のある種のタンパク質のチロシン・リン酸化と細胞内カルシウムの増加を伴っている。
がん細胞は、免疫細胞からの攻撃を避けるために様々な戦略を用いている。 MHC-1の過剰発現の他に、腫瘍血管の内皮細胞のICAM-1の発現量を低下させる作用も、がん細胞が免疫細胞の攻撃から逃れる戦略の一つである。 がん組織において新生した腫瘍血管は正常な血管と異なり、ICAM-1という接着因子の発現が低下している。ICAM-1はマクロファージやリンパ球などの免疫細胞が血管から出てがん細胞へ移行するときに必要である。
発酵小麦胚芽エキスは腫瘍血管の低下したICAM-1の発現を高めて、マクロファージやリンパ球ががん細胞を攻撃するのを助ける作用がある。
また、発酵小麦胚芽エキスは免疫細胞のサイトカイン産生を高め、がん細胞への攻撃を高める作用がある。 C57B1/10系統のマウスに、系統の異なるマウス(B10LP亜種)の皮膚を移植すると、移植した皮膚は拒絶反応が起こって皮膚移植片は死滅する。この実験系で皮膚移植を受けるマウス(C57B1/10)の胸腺を除去すると拒絶反応が低下する。 この実験モデルにおいて、発酵小麦胚芽エキスは移植皮膚片の拒絶反応を促進し、胸腺除去マウスにおいても移植皮膚片を拒絶するまでの時間を短縮した。 この結果は、胸腺除去による免疫応答の低下を回復させる効果を示している。

大腸がんの予防:
F344系ラットに発がん物質のアゾキシメタン(azoxymethane)を投与して大腸がんを発生させる実験モデルで、発酵小麦胚芽エキスが大腸発がんを抑制する作用が報告されている。すなわち、アゾキシメタンを投与したラットの83%に大腸がんが発生したが、発酵小麦胚芽エキスを投与した群では、大腸がんの発生率は44.8%に減少した。大腸がんの前がん病変と考えられている異常陰窩巣(Aberrant crypt foci)の発生数も同様に減少させた。

臨床試験:

動物実験の結果から、発酵小麦胚芽エキスには大腸がんや悪性黒色腫(メラノーマ)に対して抗腫瘍活性が示されている。 そこで、これらの腫瘍を対象にした臨床試験が行われた。
原発巣切除とリンパ節廓清を受けた52例の悪性黒色腫の患者を対象にして、手術後の補助療法として、デカルバジン(decarbazine)をベースにした抗がん剤治療のみを行ったグループ(コントロール群)と同じ抗がん剤治療に加えて発酵小麦胚芽エキス(1日1回8.5g)を1年間服用したグループ(発酵小麦胚芽エキス併用群)について、ランダム化予備第II相比較臨床試験を行った。 7年後の調査において、無再発生存期間の平均は発酵小麦胚芽エキス併用群で55.8ヶ月に対して、コントロール群は29.9ヶ月で統計的に有意差を認めた。全生存期間の平均は発酵小麦胚芽エキス併用群が66.2ヶ月に対してコントロール群では44.7ヶ月で統計的有意な差を認めた。 このような生存期間の改善効果の他に、発酵小麦胚芽エキスの併用群では、抗がん剤単独群に比べて、抗がん剤治療に伴う副作用の軽減を認めた。
1998年には結腸直腸がんを対象にした2件の予備的第2相臨床試験と大規模な第3相試験が開始された。その全ての臨床試験において、発酵小麦胚芽エキスの併用による有効性が示された。 多施設の170例の大腸がん患者を対象にした非盲検化第3相臨床試験では、切除手術と補助療法(抗がん剤)によるメイヨークリニックの方式に従った標準治療を受けた。この補助療法のみと補助療法に発酵小麦胚芽エキスを併用した場合の、無増悪生存期間と全生存期間を比較した。 発酵小麦胚芽エキスの併用するかどうかは患者の意志に依ったため、患者の構成は同じでは無かったが、発酵小麦胚芽エキスを併用した群の方に進行がん(ステージ4を含む)の割合が多かった。
104例は抗がん剤治療のみで、66例は抗がん剤治療に発酵小麦胚芽エキス(1日9gを6ヶ月以上服用)を併用した。 再発率は抗がん剤のみの群が17.3%に対して発酵小麦胚芽エキス併用群が3.0%(P<0.01)、新しい転移の発生は抗がん剤のみの群が23.1%に対して発酵小麦胚芽エキス併用群が7.6%(P<0.01)であった。 死亡率は抗がん剤治療のみが31.7%に対してア発酵小麦胚芽エキス併用群は12.1%であった。
つまり、発酵小麦胚芽エキスを服用することによって、再発率は82%減り、転移は67%減少し、死亡は62%減ることが示された。 副作用は軽度であり、全患者の10%程度に下痢、吐気や嘔吐、軟便、便秘などの消化器症状が見られた。
抗がん剤治療を受けているがん患者に発酵小麦胚芽エキスを併用することによって無増悪生存期間や全生存率を向上させることができるが、さらに肺がんと乳がん患者を対象にQOL(生活の質)に対する作用が検討された。
肺がん患者での検討では、16例が抗がん剤治療±放射線治療を受け、発酵小麦胚芽エキスを8ヶ月間服用し、患者のQOL(生活の質)は欧州がん研究・治療機構(European Organization for Research and Treatment of Cancer:EORTC)が開発したEORTC-QLQ-C30のアンケート調査によって行った。
発酵小麦胚芽エキスを12週間服用すると、患者の全体的な健康状態と倦怠感の項目においてQOLの改善が認められた。このQOLの改善は観察期間を通じて認められた。
55例の乳がん患者を対象に、同様の調査方法でQOLへの影響が検討された。 平均観察期間は32ヶ月で、発酵小麦胚芽エキスを服用することによってQOLの複数の項目で改善が認められた。服用を開始して3ヶ月を経過すると、身体機能や精神機能や全体的な健康状態、吐気や嘔吐、不眠、便秘などの症状の改善が明らかであった。 これらの症状の改善は服用期間中の全てにおいて認められた。
ステージ3か4の進行した頭頚部がん患者60例を対象にした非ランダム化多施設第3相臨床試験では、抗がん剤治療のみを受けた群(コントロール群)と抗がん剤治療と発酵小麦胚芽エキスを併用した群(併用群)が比較された。 コントロール群に比べて併用群ではQOL指数は顕著に改善し、酸化ストレスの指標である血中のヒドロペルオキシドの量は顕著に低下した。
マウスに致死量よりやや少ない量の放射線照射あるいはシクロフォスファミドを投与して血小板減少や貧血を引き起こす実験モデルにおいて、発酵小麦胚芽エキスは血小板や赤血球の造血機能を高めた。
固形がんで抗がん剤治療を受けている小児がん患者を対象にした臨床試験では、白血球減少による発熱(感染症による)の発生頻度が抗がん剤治療単独では43.4%に対して発酵小麦胚芽エキスを服用することによって24.8%に減少した。 この論文の著者らは、「小児の固形がんの抗がん剤治療において白血球減少とそれによる感染性発熱を予防する目的で発酵小麦胚芽エキスの併用が推奨される」と結論づけている。

考察:

多くのがん患者が、標準治療の効果を高める目的や、がんや治療に付随した症状を改善するために、様々な栄養補助食品を利用している。 これらの食品栄養成分の幾つかは、がん患者を対象にした栄養補助食品として認可されている。発酵小麦胚芽エキス(商品名:Avemar)はがん患者に推奨できる栄養補助食品である。
多くの基礎研究や臨床試験によって、発酵小麦胚芽エキスのがん細胞増殖抑制効果、転移抑制効果、免疫増強効果が示されている。 さらに、発酵小麦胚芽エキスががん細胞の複数の代謝経路に作用して、その増殖を抑えることも報告されている。
このような前臨床試験の結果を踏まえて、メラノーマや大腸がんなどにおいて臨床試験が実施された。 これらの結果を総合すると、発酵小麦胚芽エキスは抗がん剤治療の奏功率を高め、進行がんのステージの患者においても、無増悪生存期間や全生存率を改善することが明らかになっている。
このような発酵小麦胚芽エキスの有効性を示すデータから、発酵小麦胚芽エキスは「栄養補助食品なのか抗がん剤なのか」という疑問も出て来る。 今までの研究結果から、発酵小麦胚芽エキスはがん患者の治療においてその有効性をさらに検討する価値のある候補薬であることは間違いない。
がん細胞における亢進した代謝状態を阻害することによって、発酵小麦胚芽エキスはがん細胞におけるDNA合成を阻害する。 正常末梢リンパ球に対する発酵小麦胚芽エキスの50%増殖抑制濃度(IC50)は、悪性リンパ腫細胞のJurkat細胞のIC50の50倍も高い。これは、正常細胞にはダメージを与えずにがん細胞だけにダメージを与える治療域(therapeutic window)が広いことを意味し、これが動物実験や臨床試験において、副作用がほとんど認めずに抗腫瘍効果を示す理由となっている。
発酵小麦胚芽エキスは単独でも抗腫瘍活性を示すが、抗がん剤など他の治療薬との併用で相乗効果を発揮することが多くの研究で示されている。 発酵小麦胚芽エキスはG6PDH(グルコース6リン酸脱水素酵素)を阻害することによって、がん細胞の放射線誘導性アポトーシスを引き起こしやすくする。 G6PDHを含むペントース・リン酸経路のいくつかの酵素を強力に阻害する作用がある発酵小麦胚芽エキスを、放射線治療との併用効果を臨床試験で検証する価値がある。
DNA合成過程における発酵小麦胚芽エキスの別のターゲットはリボヌクレオチド還元酵素(ribonucleotide reductase)である。この酵素は多くのがん細胞で活性が亢進しており、抗がん剤治療において重要なターゲットの一つになっている。
フルダラビン(fludarabine)やシタラビン(cytarabine)やゲムシタビン(gemcitabine)の抗腫瘍作用の一部はリボヌクレオチド還元酵素の阻害作用が関与している。
発酵小麦胚芽エキスには多くの成分が含まれており、その正確な成分構成については判っていない点もある。 最も重要な成分はキノン類(quinones)の2-メトシキ・ベンゾキノン(2-methoxy benzoquinone)2,6-ジメトキシ・ベンゾキノン(2, 6-dimethoxy benzoquinone)である。 この2つの成分が発酵小麦胚芽エキスの抗がん作用(細胞増殖阻害と転移抑制)の主な活性成分だと考えられている。 しかしながら、発酵小麦胚芽エキスの免疫増強作用に関しては、これらのベンゾキノン以外の成分が関与している可能性が示唆されている。 一方、発酵小麦胚芽エキスが、そのメカニズムは不明であるが、悪性化したB細胞やT細胞のMHC-1の発現を低下させて、NK細胞に攻撃を受けやすくする作用が報告されている。 この作用にはベンゾキノン類が関わっていると考えられている。
Jurkat細胞を用いた実験で、キノン類単独でMHC-1の発現を70%抑制し、発酵小麦胚芽エキス全成分の投与では90%の抑制を認めた。
さらに、MHC-1タンパク質の発現抑制には、細胞内カルシウム濃度の上昇と、幾つかのまだ同定されていないタンパク質のリン酸化が関与している可能性が報告されている。
総合的に考えると、発酵小麦胚芽エキスの抗腫瘍効果は、がん細胞に対する直接的な増殖抑制作用と免疫増強作用の両者によって発揮されていると言える。
発酵小麦胚芽エキスは治療域が極めて広いので、推奨された服用量であれば副作用をほとんど引き起こさなく、治療効果を発揮できる。
このような抗腫瘍活性の他に、発酵小麦胚芽エキスはがん患者の症状を改善し、生活の質(QOL)を高める作用もある。 この作用には、がん患者における代謝への作用が関与している可能性が示唆されている。 ペントースリン酸経路を阻害することによってグルコースからの核酸合成を阻害できる。 さらに、酸化的リン酸化によるグルコース代謝と脂肪合成を促進することによって、がん患者の体重増加を促し、体力亢進に役立つ。
発酵小麦胚芽エキスの臨床試験の多くは小規模であり、非盲検化試験であるので、薬の認可のための臨床試験の基準には達していない。 したがって、がんに対する発酵小麦胚芽エキスの臨床効果は証明されたというわけではない。発酵小麦胚芽エキスの臨床効果を実証するためには、大規模なランダム化二重盲検臨床試験の実施が必要である。
結論として、現時点で検討できる研究結果は、発酵小麦胚芽エキスは、副作用が極めて少ない条件で十分な抗腫瘍作用を有する事を示唆している。 多くの成分を含み、その作用機序も多彩と言える。
発酵小麦胚芽エキスはがん患者に対する栄養補助食品として推奨でき、抗がん剤治療との併用も問題はない。 しかし、発酵小麦胚芽エキスを抗がん剤として使用する正当性はまだない。将来的に抗がん剤治療のレジメの中に発酵小麦胚芽エキスを加えることを正当化するためには、よりレベルの高い臨床試験での結果が必要である。   

その他の論文報告:

Adjuvant fermented wheat germ extract (Avemar) nutraceutical improves survival of high-risk skin melanoma patients: a randomized, pilot, phase II clinical study with a 7-year follow-up.(発酵小麦胚芽エキスのアヴェマーの補助療法はハイリスクの皮膚黒色腫患者の生存率を高める:7年間経過観察したランダム化予備第II相臨床試験)Cancer Biother Radiopharm. 23(4):477-82.2008
【論文の要旨】
目的:アヴェマーはGMP(good manufacturing practice)に基づいて製造されている栄養補助食品で、ヨーロッパでは「がん患者の特殊な医学的用途のために栄養補助食品(dietary food for special medical purposes for cancer patients)」と認められている。この論文では、皮膚の悪性黒色腫の患者の治療における補助療法としてのアヴェマーの有効性について検討した。
方法:原発巣切除とリンパ節廓清を受けた52例の悪性黒色腫の患者を対象にして、手術後の補助療法として、デカルバジン(decarbazine)をベースにした抗がん剤治療のみを行ったグループ(コントロール群)と同じ抗がん剤治療に加えてアヴェマーを1年間服用したグループ(アヴェマー併用群)について、ランダム化予備第II相比較臨床試験を行った。
結果:7年後の調査において、未進行生存期間の平均はアヴェマー併用群で55.8ヶ月に対してコントロール群は29.9ヶ月で統計的に有意差を認めた(p=0.0137)。全生存期間の平均はアヴェマー併用群が66.2ヶ月に対してコントロール群では44.7ヶ月で統計的有意な差を認めた(0.0298)
結論:悪性黒色腫の治療における補助療法としてアヴェマーは強く推奨できる。

A medical nutriment has supportive value in the treatment of colorectal cancer.(医学的栄養素は大腸直腸がんの治療の補助として価値がある)Br J Cancer 89(3): 465-9, 2003
【論文の要旨】
大腸がん患者を対象にした非盲検化コホート試験(open-label cohort trial)
104例は抗がん剤治療のみ、66例は抗がん剤治療+アヴェマー(1日9gを6ヶ月以上服用)で比較。再発率は抗がん剤のみの群が17.3%に対してアヴェマー併用群が3.0%(P<0.01)。新しい転移の発生は抗がん剤のみの群が23.1%に対してアヴェマー併用群が7.6%(P<0.01)。死亡率は抗がん剤治療のみが31.7%に対してアヴェマー併用群は12.1%。つまり、Avemarを服用することによって、再発率は82%減り、転移は67%減少し、死亡は62%減ることが示された。

Fermented wheat germ extract reduces chemotherapy-induced febrile neutropenia in pediatric cancer patients.(発酵小麦胚芽エキスは小児がん患者における抗がん剤治療による発熱を伴う白血球減少を抑制する)J Pediatr Hematol Oncol 26(10):631-5, 2004
【論文の要旨】
様々な小児固形がんの患者22例を対象にした予備試験。抗がん剤治療のみの11例と、抗がん剤治療に発酵小麦胚芽エキスのAvemar(体表面積1m2当たり12g/日)を併用した11例を比較検討。
両グループにおいて治療中にがんの進行は認めなかった。抗がん剤治療による骨髄抑制や日和見感染によって白血球減少あるいは発熱が起こる。この白血球減少や発熱が起こった頻度は、抗がん剤治療のみの群に比較して、Avemar併用群では43%の減少を認めた。したがって、固形がんの小児における抗がん剤治療にAvemarを併用すると、白血球減少(骨髄抑制)や 発熱(日和見感染症)を減らすことができる。

Avemarは天然の多数の活性成分を持っているため、多彩なメカニズムで抗がん作用を発揮します。
Avemarの抗がん作用に関する論文は多数あり、それらをまとめると以下のようになります。

1)標準治療にAvemarを併用することによって副作用を軽減し、さらに奏功率や生存率などの抗腫瘍効果を高めることが複数の臨床試験で報告されています。特に再発予防に効果があることが明らかになっています。

手術と補助化学療法を受けた170例の大腸がん患者を対象にした臨床試験では、手術と補助療法のみのグループでは17%の患者が再発したのに対して、手術+補助化学療法に1日9グラムのAvemarを服用したグループでは再発したのは3%のみでした。さらに、Avemarを併用したグループでは転移が67%減少し、死亡が62%減少しました。

再発のリスクの高いステージIIIの悪性黒色腫の患者46例を対象にしたランダム化比較試験では、手術と抗がん剤治療のみのグループと、手術と抗がん剤治療に1日9gのAvemarを摂取したグループを比較した臨床試験が行われています。Avemarを服用した群では、そうでない群に比べて進行(progression)のリスクが約50%に低下したことが報告されています。

43例の口腔がん患者を対象にした1年間の非ランダム化試験では、21例は手術のみで、23例は手術とAvemar摂取を併用しました。Avemarを摂取したグループではがんの進行が85%低下し、手術のみのグループでは57%の患者が局所再発したのに対して、Avemar摂取群では再発率は4.5%でした
Avemarの摂取により、吐き気や倦怠感や体重減少や免疫低下などの副作用を軽減できました。

乳がんのホルモン療法の効果を高める効果も報告されています。

以上のように、標準治療との併用で、副作用の軽減と抗腫瘍効果増強の効果を発揮することが多くの臨床試験で報告されています。

2)Avemarにはがん細胞に対する直接的な抗腫瘍効果もあります

Avemarの抗腫瘍効果で最も特徴的な点は、がん細胞内のグルコースの代謝を阻害してエネルギー産生を低下させて増殖を抑えることです。
がん細胞は正常細胞の10〜50倍もグルコース(ブドウ糖)を取り込みます。グルコースを多く取り込むがん細胞ほど増殖が早く、転移を起こしやすいがん細胞と言えます。
Avewmarはがん細胞のグルコースの取り込みをや嫌気性解糖系を阻害することによってがん細胞の増殖を抑制します

さらに、DNAやRNAの合成に必要なペントースリン酸経路の酵素やリボヌクレオチド還元酵素(Ribonucleotide reductase)を阻害する作用が報告されています。
リボヌクレオチド還元酵素は、リボヌクレオチドのリボース部分を還元してデオキシリボースにして、DNA合成の前駆体のデオキシリボヌクレオチドを合成する酵素です。この酵素を阻害するとDNA合成が阻害されてがん細胞の増殖が抑制されます。

AvemarはポリADPリボースポリメラーゼ(poly ADP-ribosepolymerase:略してPARP)の活性を阻害する作用が報告されています。PARPはNADのADP-リボシル基を核タンパク質に転移・重合させる酵素で、損傷を受けたDNAを修復する際に必要な蛋白質です。がん細胞はPARP蛋白の量が多いためDNA修復活性が高く、DNA損傷によって細胞を殺すタイプの抗癌剤が効きにくくなっています。したがって、PARP活性を阻害する作用は、がん細胞のDNA修復力を低下させて、アポトーシスを起こしやすくし、抗がん剤が効きやすくする効果があります。

3)がん細胞に対するナチュラルキラー細胞の攻撃を助けます。

正常な細胞は表面にMHC-1という分子をもち、それによってナチュラルキラー細胞(NK細胞)が攻撃しないようにサインをだしています。がん細胞もこの分子を表面につけNK細胞の攻撃を回避して身を守っているのですが、Avemarはがん細胞がこの分子を表面につくらないようにしかけ、NK細胞の攻撃を促します。

ナチュラルキラー(natural killer)細胞(略してNK細胞)は、ターゲットの細胞を殺すのにT細胞と異なり事前に感作させておく必要が無いことから、生まれつき(natural)の細胞傷害性細胞(killer cell)という意味で名付けられました。「感作」というのは、前もって抗原に対する認識能を高めておくことで、感作させておく必要がないというのは、初めて出あった細胞でも、直ちにその異常細胞を認識して攻撃できるということです。NK細胞の細胞質にはパーフォリンやグランザイムといった細胞傷害性のタンパク質をもち、これらを放出してターゲットの細胞を死滅させます。
がん細胞を見つけると直ちに攻撃するため、がんに対する第一次防衛機構として、特に発がん過程の初期段階でのがん細胞の排除において重要な役割を果たしています。
ナチュラルキラー細胞(NK細胞)は、MHC(主要組織適合遺伝子複合体)クラスI分子が喪失した細胞を認識して攻撃すると考えられています。MHCクラスI分子は、自己と他者を識別するマーカーのような細胞表面の分子で、がん細胞やウイルス感染細胞では、このMHCクラスI分子の発現が低下していることがあり、その変化(自己性の喪失)を認識しています。したがって、がん細胞やウイルス感染細胞でもMHCクラスI分子が発現しているとNK細胞は認識できないためNK細胞からの攻撃を受けません。
Avemarはがん細胞のMHC-1の発現を抑制し、NK細胞の認識を助ける作用があることが報告されています

4)Avemarは免疫力を高めて感染症を予防する効果があります。

抗がん剤の副作用の白血球減少による感染症の頻度を減少させる効果が報告されています。
小児がんで抗がん剤治療を受けている小児がん患者を対象にした臨床試験では、白血球減少による発熱(感染症による)の発生頻度が抗がん剤治療単独では43.4%に対してAvemarを服用することによって24.8%に減少しました。(J Pediatr Hematol Oncol. 26: 631-635, 2004)

5) 腫瘍血管の内皮細胞には接着因子のICAM-1の発現を高めて、マクロファージのがん細胞への攻撃を助けます。

がん組織は血管ができないと1mm以上の大きさに成長できません。したがって、がん細胞は自分を養う血管を新生して増大しようとします。この新生した腫瘍血管は正常な血管と異なり、ICAM-1という接着因子の発現が低下していると言われています。ICAM-1はマクロファージやリンパ球などの免疫細胞が血管から出てがん細胞へ移行するときに必要です。Avemarは腫瘍血管の低下したICAM-1の発現を高めて、マクロファージやリンパ球ががん細胞を攻撃するのを助けます。

以下のような多彩な作用メカニズムが報告されています。

がんの発生を予防:前がん病変からがん細胞への進展を抑制。子宮頸部の異型上皮からのがん化、ウイルス性肝炎の肝硬変から肝臓がんの発生の予防
抗がん剤治療や放射線治療の副作用軽減:免疫力低下の予防と回復の促進、諸臓器のダメージの軽減と回復の促進
抗がん剤治療や放射線治療の抗腫瘍効果増強
手術や抗がん剤治療や放射線治療後の再発の予防、生存期間の延長
転移の抑制
進行がんや末期がんにおける体力低下や倦怠感などの症状の改善、生活の質(QOL)の向上
感染症の予防:病原体に対する免疫力や抵抗力を高める
がん性悪液質の改善
がん細胞のエネルギー代謝や物質合成やシグナル伝達に作用して、がん細胞の増殖を抑え、アポトーシスを誘導する。
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がん細胞の細胞表面におけるMHC-1分子の発現を低下させて、ナチュラルキラー細胞ががん細胞を認識しやすくする。
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マクロファージからのTNF-αの産生を増やす
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腫瘍血管の内皮細胞の接着因子のICAM-1分子の発現を高めて、免疫細胞ががん細胞を攻撃しやすくする
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リンパ球のTh1細胞を活性化し、Th2細胞を抑制し、Th1細胞による抗腫瘍免疫を増強する
14 炎症反応を抑制する(シクロオキシゲナーゼ-1と2を阻害する作用があります)