ドコサヘキサエン酸(DHA)補充は、抗がん剤治療の副作用を軽減し、生存率を高める
【体重減少は生存期間を短くする】
体には病原菌やがん細胞に対する抵抗力や免疫力が備わっており、これを「生体防御力」と言います。手術や抗がん剤投与、精神的ストレス、栄養不全などが重なると生体防御力は低下していきます。生体防御力がある一定のレベルを超えて低下すると、もはやがんの進展を抑えることも、感染症を防ぐことも、生命を維持することもできなくなります。 がん患者の死因の40%以上は、がんそのものによるものではなく、栄養不良による抵抗力の低下によるものだと言われています。
図:生体防御能は20歳台をピークにして、老化に伴って生理的に低下する。身体的侵襲や精神的ストレスにより防御力は低下するが、復元力(回復力)により回復する。適切な対処により生体防御力を高めることもできる。生体防御力への配慮なく手術や抗がん剤などによりがんの攻撃ばかり行っていると、防御力のレベルの低下によりがんの急速な進展や日和見感染などが原因となって死亡する。生体防御力を高めることによってがん患者の延命を計ることは可能である。
すなわち、栄養状態を良くすることは、生体防御力を高めてがんの進展を阻止し、さらに治療に伴う副作用を軽減し、感染症を予防し、治療効果を高めることができるため、延命につながるのです。 患者さんの栄養状態を総合的に評価する最も簡単な方法は体重です。体重減少は栄養不良を意味し、ほとんど全てのがんにおいて、体重の減少は生命予後(生存期間)を悪くする重要な要因となっています。
例えば、栄養不良に陥った非小細胞肺がん患者では、体重減少度に比例して、生存期間が短くなることが報告されています。 抗がん剤治療を行う前の6ヶ月間に体重の減少があったか無かったかの2つのグループに分けて治療後の生存期間を比較すると、体重減少があったグループは、体重減少が無かったグループより生存期間が短いことが報告されています。
一般的に、診断前に 5% 以上の体重減少があれば、治療に対する反応が不良で、生存期間を短くすることを予測させます。 がん患者にとって体重減少を防ぐことは、治療効果を高め、生命予後を良くするために、最も重要な目標になります。そのためには、十分なカロリー摂取と、タンパク質や脂肪やビタミン・ミネラルの不足を防ぐことが大切です。
【CRP/アルブミン比が高いほど予後不良】
血清(血液から赤血球や白血球など細胞成分を除いた液体成分)中には多くの種類のタンパク質が存在しますが、アルブミンは血清タンパク質の50~60%を占める分子量が約66000のタンパク質です。 血液の浸透圧の維持や、血液中の物質(ホルモンや薬剤など)の運搬、各組織へのアミノ酸の供給などの役割を担っています。肝臓で生合成されるため、肝機能の指標にもなります。
血清アルブミン値が低下する状態を低アルブミン血症と言い、腎臓疾患(ネフローゼ症候群など)で尿中にアルブミンが漏れる場合、肝硬変などの肝機能低下をきたす肝臓疾患によってアルブミンの合成が低下する場合、慢性的な栄養失調などによって起こります。血液の浸透圧を維持できないので、むくみ(浮腫)が起こります。
進行がんや末期がんで低アルブミン血症の起こす原因としては、栄養失調と炎症が重要です。 がんの進行に伴い、正常組織の破壊などによって炎症が起こり、炎症性サイトカイン(IL-1, TNF-アルファ, IL-6など)が多く産生されます。この炎症性サイトカインは肝臓に働きかけてアルブミンの合成を抑制します。炎症性サイトカインは骨髄における造血機能を低下させるため貧血の原因にもなります。
つまり、炎症性サイトカインが多量に産生されている状況では、栄養状態を改善するだけでは低アルブミンや貧血の改善は困難です。 がん患者における炎症反応の程度を示す指標としてCRP(C反応性蛋白)があります。CRP高値も予後不良の指標として有名です。
C-反応性蛋白(C-reactive protein=CRP)とは、体内に炎症が起きたり、組織の一部が壊れたりした場合に、血液中に現れる蛋白質の一種です。 このCRPは、もともと肺炎球菌という肺炎を起こす菌によって炎症がおこったり組織が破壊されたりすると、この菌のC-多糖体に反応する蛋白が血液中に出現することからC-反応性蛋白(CRP)と呼ばれていました。しかし、肺炎以外の炎症や組織の破壊でも血液中に増加することがわかり、現在では炎症や組織障害の存在と程度の指標として測定されます。 CRPは炎症に対する生体反応として肝臓から産生されます。細菌感染症や自己免疫疾患(膠原病)、心筋梗塞、肝硬変、悪性腫瘍などにおいて、炎症や組織破壊の程度が大きいほど高値になり、炎症や破壊がおさまってくるとすみやかに減少します。そのため病気の活動度や重症度、あるいは病気の予後を知る指標として使われています。
手術後のがん患者や手術不能のがん患者などを対象に、CRPの血中濃度と予後との関連を検討した報告は多数あり、CRPの血中濃度とがんの進行度やがん患者の予後不良とは正の相関があることが示されています。すなわち、CRPが高いほど、予後が悪い(生存期間が短い)ことが多くの研究で明らかになっています。
図:がん組織が増大し周囲に浸潤したり他の臓器に転移を起こして、組織の破壊や炎症反応が起こると、生体反応として肝臓からC-反応性蛋白(CRP)が産生される。血中のCRP値が高いほど、組織破壊や炎症が高いことを示唆している。炎症性サイトカインは肝臓におけるアルブミン産生を抑制する。その結果、CRP/アルブミンの比が高いほど、組織破壊や炎症が強いことを意味し、がん患者の予後が悪いことが報告されている。
CRPそのものは炎症の程度の指標ですが、CRPが高いということは炎症性サイトカインの産生が高い状態で、これはがん性悪液質の原因となり、その結果として低アルブミンや貧血の原因になります。つまり、CRP高値と低アルブミンは予後不良を意味します。 以下のような報告があります。
The C-reactive Protein to Albumin Ratio Predicts Long-Term Outcomes in Patients with Pancreatic Cancer After Pancreatic Resection.(C反応性蛋白対アルブミン比は、膵臓切除後の膵臓癌患者の長期予後を予測する)World J Surg. 2016 Sep;40(9):2254-60.
膵がんで膵臓切除を受けた113人の患者を対象として、膵臓がん患者における膵臓切除後の予後(無病生存期間および全生存期間)とCRP / Alb比の関連を検討しています。その結果、CRP / Alb比の高値は膵臓がん手術後の予後不良と相関するという結果です。以下のような報告もあります。
Prognostic Value of the CRP/Alb Ratio, a Novel Inflammation-Based Score in Pancreatic Cancer.(膵臓がんにおける炎症をベースにした新規な予後予測スコアのCRP / Alb比の価値)Ann Surg Oncol. 2017 Feb;24(2):561-568.
【要旨】
研究の背景:C反応性蛋白/アルブミン(CRP / Alb)比は、敗血症患者の転帰と関連している。しかし、炎症に基づくスコアとして、がんの予後との関連はほとんど検討されていない。
方法:2010年2月から2015年1月までに、膵管腺がん患者386例を登録した。グループ間の単変量および多変量生存分析を評価した。CRP / Alb比、好中球リンパ球比(NLR)、血小板リンパ球比(PLR)、および修正グラスゴー予後スコア(mGPS)を含む炎症をベースにした予後スコアシステムの識別能を評価するために、受信者操作特性(Receiver Operating Characteristic:ROC)曲線を作成しROC曲線下面積(AUC: area under the curve)を比較した。
結果:CRP / Alb比の最適カットオフレベルは0.180と確定された。単変量解析でCRP / Alb比が0.180以上の患者の予後は、CRP / Alb比が0.180以下の患者より有意に悪かった(p <0.001)。 多変量解析では、CRP / Alb比は依然として全生存期間と関連していた(p <0.001)。 さらに、CRP / Alb比は、血小板リンパ球比(PLR)や修正グラスゴー予後スコア(mGPS)より識別能が高く、好中球リンパ球比と同様のAUC値を示した。
結論:この研究は、CRP / Alb比が、膵臓がんにおける有意で有望な炎症予後スコアとして役立つ可能性があることを実証した。 CRP / Alb比の上昇は予後不良の独立因子であり、カットオフ値は0.180である。
炎症が膵臓がん患者の生存期間に強い影響を及ぼすという結果で、CRP/アルブミン比率が予後を予測する指標として有用であるという結論です。
CRP/アルブミン比率が0.18より高い(つまり炎症が強い)膵臓がん患者では、0.18より低い(炎症の程度が弱い)患者に比べ、生存期間が有意に短い(予後が不良)結果でした。
前述のように、CRPもアルブミンも肝臓で合成されるタンパク質です。炎症が強くなるとCRPの産生が増え、アルブミンの産生が低下します。
したがって、炎症が強くなるとCRPが上昇してアルブミンは低下するため、CRP/アルブミン比率は高くなります。
また、すでに予後との関係が報告されている他の炎症関連のマーカーとして、好中球/リンパ球比率、血小板/リンパ球比率、および修正グラスゴー予後スコアについても調べていますが、CRP/アルブミン比は他の炎症関連マーカーよりも高く、予後を予測する最もすぐれた因子であると報告しています。
炎症性サイトカインの産生を抑える治療として、副腎皮質ホルモン、プロスタグランジンの産生を抑えるシクロオキシゲナーゼ阻害剤、TNF-アルファの産生を阻害するサリドマイドなどがあります。サプリメントとして魚の油のドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)も有効です。DHAやEPAは抗炎症作用によって悪液質を改善すると同時に、がん細胞の増殖を抑える作用もあります。さらに、活性酸素やフリーラジカルを消去する抗酸化物質(ビタミンC、アルファリポ酸、セレンなど)の摂取も有効です。ここではオメガ3系多価不飽和脂肪酸のDHA(ドコサヘキサエン酸)を中心に解説します。
【魚油はCRP/アルブミン比を低下させる】
以下のような論文があります。
Fish oil decreases C-reactive protein/albumin ratio improving nutritional prognosis and plasma Fatty Acid profile in colorectal cancer patients.(魚油は結腸直腸がん患者において、C反応性蛋白とアルブミンの比を低下させ、栄養状態と血清脂質組成を改善する)Lipids. 48(9):879-88. 2013年
この論文は、結腸直腸がん患者11例を対象に、9週間の抗がん剤治療中に、魚油を1日2g(DHA+EPAは600mg/日)投与した群(6例)と、魚油非投与のコントロール群(5例)で、炎症反応の指標であるC反応性蛋白(CRP)や炎症性サイトカインやアルブミン値や血清脂質を、抗がん剤治療開始前と終了時で測定して比較しています。
魚油のサプリメントを投与された群の患者の血清脂質の値は、コントロール群に比べてEPAは1.8倍、DHAは1.4倍に増加し、アラキドン酸は0.6倍に減少しました。
CRP値およびCRP:アルブミン値の比はともに魚油を投与した群で有意に低下していました。
抗がん剤終了後(9週間後)の体重は、魚油投与群が平均1.2kgの増加に対して、コントロール群では平均0.5gの減少を認めました。
以上のことから、抗がん剤治療中に魚油を1日2g(DHA+EPAで600mg)摂取すると、炎症反応のCRPが低下し、CRP/アルブミン値が低下し、血清脂質の状態を良くし、体重減少を防ぐ効果があることが示されています。
DHAやEPAは抗炎症作用によって、CRP/アルブミン比を低下させる作用があるので、抗がん剤治療中や進行がんの状態にDHAやEPAを多く摂取することはメリットがあるということです。低アルブミンや貧血の改善には、CRPが高い場合は炎症を抑えることが必要となります。その方法として魚油を多めに摂取することが有効だと言えます。
【DHAとEPAは抗炎症性メディエーターの前駆体】
魚油に多く含まれるオメガ3系多価不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)には抗炎症作用や鎮痛作用があります。実際に関節炎などの痛みを緩和し、CRP(C反応性たんぱく)などの炎症マーカーを低下させる作用もあります。
そのメカニズムとしては、プロスタグランジンE2などの炎症を引き起こす物質を生み出すω6系のアラキドン酸がω3系のDHAやEPAに置き換えられ、したがって炎症物質ができにくくなるからといわれていました。すなわち、ω3系不飽和脂肪酸を多く摂取すると、細胞膜中のω3系不飽和脂肪酸が増加して、アラキドン酸濃度が低下するので、その結果アラキドン酸由来の炎症促進性物質の産生が抑制されるという機序です。
しかし、最近の研究では、ω3系不飽和脂肪酸のDHAとEPAが炎症を抑える物質を生成することによって能動的に炎症を抑制することが明らかになっています。外傷や感染などに反応して急性炎症反応が起こりますが、異物の排除が完了すると炎症反応は速やかに消散し、組織の修復過程に移行します。炎症反応が終了することを「炎症の収束」と言います。 炎症の収束は、これまで起炎反応の減弱化によると考えられてきましたが、最近の研究で、受動的なものではなく、能動的な機構であることが明らかになっています。
急性炎症の特徴(症状)は白血球の組織への浸潤に伴う浮腫、発赤、発熱、痛みなどで、これらの反応にはアラキドン酸から生成されるプロスタグランジンやロイコトリエンなどの脂質メディエーターが関与します。これらの物質によって好中球の浸潤や活性化、血管透過性の亢進などの炎症反応が起こります。 炎症の収束過程においては炎症性サイトカインの産生が抑制され、血管透過性が正常に戻り、好中球の遊走阻止や浸出液中のリンパ球の除去や、マクロファージによる死滅した細胞の除去などが起こります。この炎症の収束過程には、EPAやDHAなどのオメガ3系不飽和脂肪酸から体内で生成されるレゾルビンやプロテクチンという抗炎症性メディエーターが関与します。
図:オメガ6系不飽和脂肪酸のアラキドン酸は炎症を促進する化学伝達物質(メディエーター)を産生して組織ダメージや慢性炎症を促進する。オメガ3系不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA)は炎症を抑制する化学伝達物質を産生して炎症を収束させる。
つまり、DHAやEPAはアラキドン酸と競合することで炎症性ケミカル・メディエーターの産生を阻害するだけでなく、抗炎症性(炎症収束性)の脂質メディエーターを生成することによって積極的に炎症を抑制する作用があるということです。
EPAやDHAの抗炎症作用やがん予防効果や心血管保護作用や脳神経系保護作用など多くの作用に、EPAやDHAから代謝されて生成される抗炎症性の脂質メディエーター(レゾルビンやプロテクチン)が関与しているようです。
【食べたDHAが細胞膜に取り込まれる】
食事から摂取された脂肪は代謝されてエネルギー源となり、また分解されて生成した脂肪酸は細胞膜などに取り込まれます。
細胞膜の構成成分として使われる場合、その脂肪酸自体は変化せず、それぞれの構造や性質を保ったまま使われます。つまり、細胞膜をつくるとき脂肪酸の違いを区別せず、手当たり次第にあるものを使用するのです。その結果、食事中の脂肪酸の種類によって細胞の性質も変わってきます。
さらに、その細胞膜の脂肪酸から作られるプロスタグランジンやロイコトリエンなどの化学伝達物質の種類も違ってきて、炎症やアレルギー反応や発がんに影響することが明らかになっています。
例えば、リノール酸のようなω6系不飽和脂肪酸を多く摂取すると、血栓ができやすくなり、アレルギー反応を増悪させ、がんの発生頻度を高めます。ω6系不飽和脂肪酸を多く取り込んだがん細胞は増殖が早く転移をしやすくなります。
一方、魚油に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)のようなω3不飽和脂肪酸を多く摂取すると、炎症やアレルギーを抑え、血栓の形成や動脈硬化やがん細胞の発育を抑える作用があります。DHAやEPAを多く摂取するとがん細胞が抗がん剤で死にやすくなることも報告されています。その理由は、食事から摂取されたω3不飽和脂肪酸ががん細胞の膜の脂質組成を変えることによって細胞シグナル系に影響して増殖を抑えるからです。
図:食品から摂取される脂肪酸はそのまま細胞膜の脂質二重層に組み込まれる。食事からのリノール酸やアラキドン酸の摂取が多いと細胞膜のアラキドン酸(細胞膜の図の青で示す)の量が増え、ω6不飽和脂肪酸由来のメディエーターの産生量も増える。一方、ω3系不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)の摂取量が多いと、DHAやEPA(細胞膜の図の赤で示す)がアラキドン酸と置き換わるので、ω6不飽和脂肪酸由来のメディエーターの産生は低下し、ω3不飽和脂肪酸由来のメディエーターが増える。炎症やがん細胞の増殖・転移、血栓形成、アレルギー反応はω6不飽和脂肪酸由来メディエーターで促進・悪化され、ω3不飽和脂肪酸由来のメディエーターは抑制する。不飽和脂肪酸のω6:ω3の比を低下させると、がん細胞の増殖抑制、抗がん剤や放射線治療による正常組織のダメージの軽減や悪液質の改善の効果が増強する。
人間を含め哺乳動物は体内でオメガ6とオメガ3の不飽和脂肪酸を合成できないので、食事から取り入れています。つまり、体内で自分でつくることができないので、食事の変更による生体機能の変更を行うときの重要なターゲットになります。 食事中の脂肪酸の種類によるがん細胞への影響の違いを知ることは、がんを抑える食事療法の実践において、極めて重要です。
【魚油サプリメントは抗がん剤治療の副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高める】
抗がん剤治療中にω3系(n-3系)多価不飽和脂肪酸のDHAとEPAを摂取すると、抗がん剤の副作用を軽減し、奏功率や生存率などの抗腫瘍効果を高めることができることは多くの臨床試験で示されています。そのような論文は多数あります。そのうち幾つかを以下に紹介します。
Effect of n-3 fatty acids on patients with advanced lung cancer: a double-blind, placebo-controlled study.(進行した肺がん患者におけるn-3脂肪酸の効果:二重盲検プラセボ対照試験)Br J Nutr. 2012 Jul;108(2):327-33
魚油に含まれる多価不飽和脂肪酸には抗炎症作用や抗酸化作用があり、がん患者の栄養状態を改善する効果が示されています。そこで、この臨床試験では、手術不可能な進行した非小細胞性肺がんで抗がん剤治療を受けている33例の患者を対象にして、患者の炎症状態や酸化ストレスの程度や栄養状態に対するEPAとDHAの効果を、多施設のランダム化プラセボ対照二重盲検試験にて検討しています。
患者は2群に分けられ、一方のグループには、抗がん剤治療中に510mgのEPAと340mgのDHAを含むカプセルを1日4カプセルを66日間投与し、もう一方のグループ(コントロール群)には850mgの偽薬(プラセボ)の入ったカプセルを投与しました。
抗がん剤治療開始日、8日後、22日後、66日後に炎症状態や酸化ストレスの状態や身体計測値など様々なパラメータ−を測定し、両群で比較しています。
治療開始日と66日後の体重の比較では、n-3脂肪酸投与群で有意な体重増加が認められました。 炎症状態に関しては、C反応性蛋白(CRP)とIL-6のレベルは66日後において両群で有意な差を認め、n-3脂肪酸投与群では抗がん剤治療中も経過とともに炎症所見が進行性に減少しました。これはn-3多価不飽和脂肪酸の抗炎症作用を示しています。
酸化ストレスの状態に関しては、抗がん剤治療が進むにつれて、n-3脂肪酸投与群に比べてプラセボ投与群(コントロール群)で血清の活性酸素種の量が増えました。 脂質過酸化生成物であるヒドロキシノネナール(Hydroxynonenal)の量はプラセボ群では抗がん剤治療の間増加したが、n-3脂肪酸投与群では増加しませんでした。
以上の結果から、EPAとDHAの抗炎症作用と抗酸化作用により、抗がん剤治療中にEPAとDHAをサプリメントで服用することは有用であると言っています。
Supplementation with fish oil increases first-line chemotherapy efficacy in patients with advanced nonsmall cell lung cancer.(魚油のサプリメントは進行した非小細胞性肺がん患者におけるファーストラインの抗がん剤治療の効果を高める)Cancer. 2011 Aug 15;117(16):3774-80
「ファーストライン」とは、がんの化学療法において、最初に使う抗がん剤のことです。ファーストラインが効かなかったときに使う次の抗がん剤をセカンドライン、その次に使う抗がん剤をサードラインといいます。 進行肺がんにおいて、抗がん剤治療は延命や症状の緩和を目的に行われますが、非小細胞性肺がん患者に対するファーストライン治療の奏功率は30%以下です。
動物実験の研究では、魚油のサプリメントの投与が、副作用を強めずに、抗腫瘍効果を高めることが示されています。 そこで、この臨床試験では、進行した非小細胞性肺がん患者のファーストラインの抗がん剤治療(カルボプラチン+ビノレルビン or ジェムシタビン)に魚油のサプリメントを併用した場合の奏功率と臨床的有用性が、併用しなかった場合と比べてメリットがあるかどうかを比較検討しています。
進行肺がん患者56例が対象で、抗がん剤治療のみ(N=31)と抗がん剤に魚油(EPA+DHAが1日2.5g)を併用した群(n=15)に分けて検討しています。 奏功率(完全奏功CR+部分奏功PR)は魚油併用群が60.0%に対してコントロール群が25.8%で統計的有意(P=0.008)に向上が認められました。
また臨床的有用性(完全奏功CR+部分奏功PR+病状安定SD)は魚油併用群が80.0%でコントロール群が41.9%で、これも統計的有意でした(P=0.02) 。
1年生存率は魚油併用群で60.0%に対してコントロール群は38.7%でした(P=0.15)。 副作用の程度には両群の間に差は認められませんでした。
以上の結果から、抗がん剤治療に魚油(EPA+DHA)を併用すると、抗腫瘍効果を高め生存率を高める効果が期待できるということです。
carboplatin with vinorelbine or gemcitabine コントロール群(n=31) 2.5g EPA+DHA/日群(n=15) 奏功率(CR+PR) 25.8 % 60.0 % 有用性(CR+PR+SD) 41.9 % 80.0 % 1年生存率 38.7 % 60.0 % 副作用 有意差なし(p=0.46)
40例のステージIIIの非小細胞性肺がんの患者を対象に、がん治療中に、蛋白質とカロリーを補給するサプリメントと、それと同じ蛋白質とカロリーでDHA(0.9g/日)とEPA (2.0 g/日))を加えたサプリメントの効果を比べるランダム化試験では、DHAとEPAを含むサプリメントを投与された群は、対象群に比べて炎症性サイトカインのIL-6の産生が低下し、治療中の筋肉や体重の減少がより少ないという結果が得られています。(J Nutr. 140:1774-80, 2010年)
食道がんの手術を受ける53例を対象にして、EPA投与群(手術前5日から手術後21日間、1日2.2gのEPAを補充)28例とコントロール群25例のランダム化二重盲検試験では、EPAを補充した食事は食道がんの手術後の除脂肪体重の低下を防ぐ効果が得られています。
手術侵襲によって挫滅した組織で炎症反応がおこり、炎症性サイトカインの産生などが原因となって筋肉や体重の減少が起こりますが、EPAは炎症性サイトカインの産生を抑える作用によって筋肉の異化を抑制し、体重減少を予防します。(Ann Surg 249:355-63, 2009年)
手術前からEPAやDHAを補充した食事の摂取が術後の経過を良くすることは、頭頸部がんや大腸がんなど他のがんでも報告されています。 このように多くの臨床試験の結果は、EPAやDHAのサプリメントはがん治療の効果を高め、副作用を軽減し、悪液質やがん治療に伴う体重減少を防ぐ効果があることを示しています。
DHAとEPAはω6系不飽和脂肪酸のアラキドン酸と細胞膜への取込みにおいて競合することで炎症性メディエーター(プロスタグランジンE2など)の産生を阻害するだけでなく、DHAとEPAが抗炎症性(炎症収束性)の脂質メディエーター(レゾルビンやプロテクチン)を生成することによって積極的に炎症を抑制する作用があります。
炎症はがんの悪化や進展や悪液質を促進します。DHAやEPAは、炎症を悪化させる因子(プロスタグランジンや炎症性サイトカインなど)の産生を抑制し、炎症を収束させる因子の産生を増やすことによって、がんの悪化や進展を抑制する効果、正常組織や臓器をダメージから保護する効果、体重減少や栄養状態の悪化を防ぐ効果、免疫力を高め感染症を予防する効果、外科手術後の合併症を予防する効果などが発揮します。
このような多くの臨床試験の結果から、1日2~3グラム程度のDHAとEPAのサプリメントは、抗がん剤や放射線治療の治療中や、手術の前後に摂取して問題なく、栄養状態を改善する効果が期待できます。 ただし、食事からω6系不飽和脂肪酸を取り過ぎると、ω3系不飽和脂肪酸をサプリメントで補う効果が低下するので、日常の食事でもω6系不飽和脂肪酸を減らし、ω3系不飽和脂肪酸の多い食品を摂取することが大切です。
DHAやEPAは過剰に摂取すると、血液凝固能が低下して出血しやすくなる副作用があるので、手術や抗がん剤治療中の場合は、過剰摂取に注意が必要です。しかし、DHAを1日3から5グラム程度の摂取は全く問題ありません。