オーダーメイドの漢方治療で体にやさしいがん治療
◉ 漢方薬はがん患者の生存率を高める
台湾では国民全体の医療情報(年齢、性別、病名、治療内容など)のデータベース化が進んでいます。「全民健康保険研究データベース(National health insurance research database)」や「難治性疾患患者登録データベース(Registry for Catastrophic Illness Patients Database)」を解析することによって、個々のがん患者に使用された生薬や漢方方剤(複数の生薬を調合した薬剤)の種類や服用期間や転帰(治療の結果)の情報が得られます。その解析から延命効果のある生薬や漢方方剤の種類も明らかになっています。
台湾では、抗がん剤治療の副作用軽減の目的で漢方薬や鍼治療が積極的に利用されています。台湾の医療ビッグデータを解析した疫学研究で、漢方治療を受けたがん患者は漢方治療を受けなかったがん患者より生存率が高いことが明らかになっています。
膵臓がんや肺がんや乳がんや白血病など多くのがんで漢方薬(中医薬)の延命効果が報告されています。 例えば、1997年から2010年に台湾難治性疾患患者登録データベースに登録された全ての膵臓がん患者を対象とし、種々の条件(年齢、性、診断時期など)を一致させた1:1マッチング法を用いて、漢方治療を併用した386人と、漢方治療を併用しない386人を比較解析しています。 その結果、漢方治療を90〜180日間受けた群では、死亡率の調整後ハザード比 は0.56(95%信頼区間 = 0.42〜0.75)で、180日間以上漢方治療を受けた群の死亡率のハザード比は 0.33(95%信頼区間 = 0.24〜0.45)でした。
(文献:Complementary Chinese Herbal Medicine Therapy Improves Survival of Patients With Pancreatic Cancer in Taiwan: A Nationwide Population-Based Cohort Study.Integr Cancer Ther. 2018 Jun; 17(2): 411–422.)ハザード(Hazard)というのは「単位時間あたりのイベント発生率」で、この論文のイベント(出来事)は死亡です。この報告において、漢方薬非使用群に対する漢方薬使用群の膵臓がん患者の死亡率のハザード比が0.33というのは、漢方薬を服用した膵臓がん患者は漢方薬を服用しなかった膵臓がん患者に比べて、単位時間あたりの死亡が67%減少したという意味になります。
95%信頼区間とは,仮に同様な試験を100回した場合に95回はこの値の幅の中に入るという意味です。95%信頼区間が0.24〜0.45というのは、同様な試験を100回行なえば、95回はハザード比が0.24〜0.45の間に入ることを意味します。つまり、膵臓がん患者が漢方治療を併用すると、追跡期間中の死亡のリスクが4分の1から半分程度に低下したという結果です。
この論文で、単一の生薬で最も使用頻度が高かったのは白花蛇舌草(びゃっかじゃぜつそう)でした。台湾医療ビッグデータは乳がんでも漢方治療が死亡率を低下させることを明らかにしています。全民健康保険研究データベースを使用して、2001年から2010年までの進行乳がん患者を対象に、タキサン(ドセタキセルまたはパクリタキセル)を投与された進行乳がん患者729人を解析した後ろ向きコホート研究です。
729人のうち115人(15.8%)の患者は漢方薬(中医薬)の使用者であり、614人の患者は漢方薬の非使用者でした。 非使用者と比較して、漢方薬の使用は全死因死亡率の有意な低下と関連していることが示されました。中医薬の使用が30〜180日間のがん患者では、全死因死亡率の調整ハザード比は0.55(95%信頼区間:0.33-0.90)であり、180日以上の使用者の全死因死亡率の調整ハザード比は0.46(95%信頼区間:0.27-0.78)でした。
(文献:Adjunctive traditional Chinese medicine therapy improves survival in patients with advanced breast cancer: a population-based study. Cancer. 2014 May 1; 120(9): 1338-44)使用頻度の高い生薬の中で、死亡率を減少させるのに最も効果的であることが判明したのは、白花蛇舌草(びゃっかじゃぜつそう)、半枝蓮(はんしれん)、黄耆(おうぎ)でした。白花蛇舌草と半枝蓮は抗がん作用のある清熱解毒薬です。黄耆は体力と免疫力を高める補気薬です。つまり、体力や免疫力を高める滋養強壮薬と抗がん作用のある生薬を組み合せた漢方治療はがん患者の延命に役立つ可能性を示唆しています。
上記の膵臓がんと乳がんの論文中の漢方薬使用と非使用の患者のカプラン・マイヤー生存曲線を図1に示しています。台湾医療ビッグデータを解析した同様の報告は非小細胞肺がんや慢性骨髄性白血病や胃がんや子宮頸がんなど多くのがん種で行われており、漢方薬(中医薬)を併用することによって死亡リスクが有意に低下することが明らかになっています。
図1:台湾の医療ビッグデータを使用した疫学研究で、膵臓がん患者(左)と抗がん剤治療を受けた進行乳がん患者(右)で漢方薬(中医薬)を使用した患者と、漢方薬を使用しなかった患者のカプラン・マイヤー生存曲線を示す。漢方薬を使用した患者の方が非使用患者より生存率が有意に高い。
◉ 植物が産生する二次代謝産物は薬の宝庫
植物は様々な物質を合成して蓄積しています。このような植物が合成する物質は一次代謝産物と二次代謝産物に大別されます。一次代謝は生命体にとって必須な細胞の増殖や恒常性維持に関与する代謝で、二次代謝はそれ以外のものを指します。したがって、二次代謝がなくても、生命体は生存することができます。
二次代謝産物の例としては、微生物における抗生物質の産生や植物における色素産生や感染防御物質などが挙げられます。二次代謝産物には植物の感染防御や生体防御に関連するものが多くあります。このような成分は毒性に加えて、様々な薬理学的特徴を発揮し、医薬品開発に利用されています。
例えば、野菜や果物に含まれるポリフェノールやカロテノイドやビタミンCやEなどの抗酸化物質は、植物が日光の紫外線の害から身を守るために作っているのですが、人間はそれらを摂取することによって活性酸素やフリーラジカルを消去して、老化やがんの予防に役立てています。 また、昆虫や鳥や動物から食い荒らされないように、これらの生物に対して毒になるものを作っており、それらが人間の病気の治療にも使われています。毒は適量を使えば薬になるということです。このように、植物は病原菌からの感染や、虫や動物から食べられるのを防ぐために、生体防御物質や毒になるものを持っています。このような物質は、人間でも抗菌作用や抗ウイルス作用が期待できます。また、抗菌・抗ウイルス作用をもった成分の中には抗がん作用や抗炎症作用を示すものも多くあります。(図2)
図2:多くの植物は、カビや細菌や昆虫などの外敵から自分を守るため、あるいは動物から食べられないようにするために毒を持っている(①)。これらの植物毒は食中毒の原因になったり、毒薬にもなる(②)。これらの植物毒を上手に利用すれば医薬品にもなる(③)。がん細胞の増殖を阻害するために利用できるものもあり、現在使用されている抗がん剤の中にも、植物から見つかったものが多数ある(④)。西洋医学では、分離した成分を医薬品として利用する(⑤)が、漢方治療では毒をもった植物そのものを利用している(⑥)。
◉ 植物には抗がん作用を示す成分が多数見つかっている
野菜や薬草や生薬などの植物から、がん細胞の増殖を抑制したり、細胞死を誘導するような成分も見つかっています。現在使用されている抗がん剤のなかにも、植物由来成分から開発されたものが数多くあります。
例えば、抗がん剤の分類の中に「植物アルカロイド」と言われるものがあります。アルカロイド(alkaloid)という言葉は「アルカリ様」という意味ですが、窒素原子を含み強い塩基性(アルカリ性)を示す有機化合物の総称です。 植物内でアミノ酸を原料に作られ、植物毒として存在しますが、強い生物活性を持つものが多く、医薬品の原料としても利用されている成分です。モルヒネ、キニーネ、エフェドリン、アトロピンなど、医薬品として現在も利用されている植物アルカロイドは多数あります。
抗がん剤として使用されている植物アルカロイドとして、キョウチクトウ科ニチニチソウに含まれるビンクリスチンやビンブラスチンなどのビンカアルカロイド系、イチイ科植物由来のパクリタキセルやドセタキセルのタキサン系、メギ科ポドフィルム由来のエトポシドやテニポシドなどのポドフィロトキシン系などがあります。イリノテカンは中国の喜樹という植物から見つかったカンプトテシンという植物アルカロイドをもとに改良された誘導体から開発されました。生薬を始め多くの植物の抗がん活性がスクリーニングされてきました。しかし、抗がん作用のスクリーニングの過程では培養したがん細胞を直接死滅させる効果や、ネズミに移植したがんを縮小させる効果の強いことが選択の基準とされてきたため、がん縮小率は低くても延命効果という面から有用な植物成分の多くが見逃されてきました。
植物に含まれる抗がん作用をもつ成分の多くは、腫瘍縮小率から評価すると化学薬品の抗がん剤の効果に及ばないのですが、副作用が少なくしかも腫瘍の増殖を有意に抑制できるようなものは腫瘍の退縮につながります。腫瘍縮小率が0であっても、がん細胞を休眠状態にもっていけるものであれば延命効果は期待できます。このような薬剤は、従来の抗がん剤の評価法では無効と分類されるものですが、がんとの共存を目指す治療においては極めて有用と考えられます。これが、複数の生薬(薬草)を組み合わせて作る漢方薬ががん患者の症状改善や延命に効果を発揮する理由の一つです。
◉ 漢方薬は複数の生薬を組み合わせて効果を高める
西洋医学も100年程前までは主として天然物を薬として用いていました。しかし、再現性と効率を重んじる近代西洋医学では、作用が強く効果が確実な単一な化合物を求める方向で薬の開発が行われてきました。活性成分を分離・同定し、構造を決定して化学合成を行ない、さらに化学修飾することによって、活性の強い薬を開発してきました。
一方、漢方では、複数の天然薬を組み合わせることによって、薬効を高める方法を求めてきました。漢方治療の基本は、症状に合わせて複数の薬草(生薬)を選び、それを煎じた(熱水で抽出した)エキス(煎じ薬)を服用することによって病気を治します。(図3)
図3:漢方薬は複数の生薬を組み合わせて、それを熱水で煎じて成分を抽出する。これを煎じ薬という。煎じ薬に含まれる多数の生薬成分はそれぞれ特有の薬理作用を持ち、これらの多成分系の相乗作用によって様々な効能を発揮し、がん患者の症状改善や延命に効果を発揮する。
西洋薬のほとんどは単一成分ですが、漢方薬は多くの薬効成分が含まれているのが特徴です。西洋薬のような特効的な効き目は無いのですが、体に優しく作用して、西洋薬にない特徴を持っています。 薬草の抗がん作用は単一の成分では説明できないことが多く、複数の成分の総合作用や相乗効果であることがほとんどです。
例えば、抗がん生薬として最も使用頻度が高い白花蛇舌草(びゃっかじゃぜつそう)の抗がん作用は動物実験や臨床経験から認められています。白花蛇舌草は本州から沖縄、朝鮮半島、中国、熱帯アジアに分布するアカネ科の1年草のフタバムグラの根を含む全草を乾燥したものです。フタバムグラは田畑のあぜなどに生える雑草です。
白花蛇舌草は抗菌・抗炎症作用が古くから知られており、漢方では清熱解毒薬として肺炎や虫垂炎や尿路感染症など炎症性疾患に使用されます。
さらに最近では、多くのがんに対する抗腫瘍効果が注目され、多くの研究が報告されています。白花蛇舌草の抗腫瘍効果に関する研究は、中国、シンガポール、台湾、英国、米国、日本などの異なる多くの研究グループが報告していますので、白花蛇舌草の抗腫瘍作用は世界的に注目されています。
白花蛇舌草の抗がん作用の活性成分として、ウルソール酸やオレアノール酸などの五環系トリテルぺノイドの関与が多く報告されています。トリテルペノイドとは、5個の炭素からなるイソプレン単位が6個結合して30個の炭素原子からなる脂質性の化合物群を指しています。多くは4環あるいは5環の環状構造をつくっており、ステロイドやサポニンなど植物成分として存在しています。(図4)
図4:白花蛇舌草はアカネ科の1年草のフタバムグラの根を含む全草を乾燥したもの。白花蛇舌草の抗がん作用の活性成分として、ウルソール酸やオレアノール酸などの五環系トリテルメノイドの関与が多く報告されている。
これらの五環系トリテルペノイドの抗腫瘍作用のメカニズムとして、上皮成長因子受容体(EGFR)やマイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)などの増殖関連タンパク質のリン酸化を阻害して、増殖シグナル伝達を抑制する作用などが報告されています。
白花蛇舌草には五環系トリテルペノイド以外の成分にも、様々な成分と多様なメカニズムによる抗がん作用が報告されています。解毒力や免疫力を高める成分も含まれています。白花蛇舌草の抗がん作用はこれらの複数の総合作用とかんがえるのが妥当です。がんの漢方治療では、このような複数の成分による抗がん作用を示す薬草を、さらに複数組み合せて抗がん作用を強化します。例えば、白花蛇舌草に半枝蓮(はんしれん)や竜葵(りゅうき)や莪朮(がじゅつ)や丹参(たんじん)や黄芩(おうごん)などを組み合せます。
半枝蓮は中国各地や台湾、韓国などに分布するシソ科の植物です。アルカロイドやフラボノイドなどを含み、抗炎症・抗菌・止血・解熱などの効果があり、中国の民間療法として外傷・化膿性疾患・各種感染症やがんなどの治療に使用されています。がん細胞の増殖抑制作用、アポトーシス誘導作用、抗炎症作用などが報告されており、臨床試験での有効性も報告されています。 (図5)
白花蛇舌草と半枝蓮の組み合わせが相乗的に抗腫瘍作用を増強することが報告されており、この2つの組み合わせはがんの漢方治療の基本になっています。
図5:半枝蓮はアルカロイドやフラボノイドなどを含み、抗炎症・抗菌・止血・解熱などの効果があり、中国の民間療法として外傷・化膿性疾患・各種感染症やがんなどの治療に使用されている。様々なメカニズムによる抗がん作用が報告され、臨床試験での有効性も報告されている。
◉ 天然成分の相乗効果を目指した漢方薬の抗がん作用
生薬には、毒性を示すアルカロイドだけでなく、抗がん作用や免疫増強作用を有するフラボノイドやテルペノイドやサポニンや多糖類など抗腫瘍効果を有する成分が多く含まれています。このような生薬を複数組み合せることによって、がん細胞の増殖を抑制し休眠状態に誘導することも、縮小させることも不可能ではありません。
がん細胞を死滅させる作用のある「抗がん生薬」の多くは感染症や炎症の治療にも用いられており、「清熱解毒薬(せいねつげどくやく)」と言われることもあります。清熱解毒という薬効を西洋医学的に解釈すると、抗炎症作用(清熱作用)と体に害になるものを除去する作用(解毒作用)に相当します。 体に害になるものとして、活性酸素やフリーラジカル、細菌やウイルスなどの病原体、環境中の発がん物質などが考えられますが、「清熱解毒薬」には、抗炎症作用、抗酸化作用、フリーラジカル消去作用、抗菌・抗ウイルス作用、解毒酵素活性化作用、抗がん作用などがあり、がんの予防や治療に有用であることが理解できます。清熱解毒薬は漢方薬による抗がん作用(がん細胞の増殖抑制と細胞死誘導)の主体と考えられています。
AMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する作用は、がん細胞の発生予防や増殖抑制に効果があります。植物成分にはAMPKを活性化する成分が存在する合目的な理由があります。植物は捕食者(動物や虫など)から食い尽くされて絶滅しないように、いろんな防御機構をもっており、捕食者のミトコンドリアでの酸化的リン酸化やATP合成酵素を阻害することは捕食者に対する攻撃になるのですが、この作用(ATP産生減少)がAMPKの活性化につながります。 また、ヒストンのアセチル化やDNAのメチル化などのエピジェネティックな遺伝子発現調節に作用して、植物成分が抗腫瘍効果を示す可能性も指摘されています。
生薬成分や漢方薬には抗がん剤のように強い殺細胞作用は無いのですが、がん細胞のシグナル伝達や遺伝子発現に作用することによって抗がん作用を示すことは十分に可能性があります。
◉ がん治療における漢方治療の目的とは
がん治療における様々な状況で漢方治療は有用です。その目的によって処方内容は変わり ます。がんの漢方治療では目的に応じてオーダーメイドに処方を決めます。
① 標準治療の副作用や合併症を予防し回復を促進する:
体力や免疫力を高める漢方薬は感染症全般に対する抵抗力を高める効果があります。体全体の治癒力を高めることはがん治療に耐える体を作り、回復を促進することになります。その結果、標準治療の副作用や合併症を軽減します。
このような目的では、組織の血液循環や新陳代謝を促進し、消化管の消化吸収機能を高める生薬を多く使います。② がん化学療法や放射線療法の効果増強作用:
栄養状態や免疫力が高いと抗がん剤はよく効き目を現します。血液循環を良くする漢方薬は抗がん剤や放射線治療の抗腫瘍効果を高めます。
③進行がんや末期がんにおける症状の改善:
漢方治療は、がん病態における生体側の異常を是正することにより全身状態の改善やQOL(生活の質)を高めることができます。末期がんの状況においても、痛みや食欲不振や倦怠感など様々な症状の改善に有用です。新陳代謝を活性化して臓器や組織の働きを高める効果もあります。栄養状態や症状の改善は延命につながります。
④ がんの再発を防ぐ:
生薬は免疫増強作用や抗酸化作用をもった成分の宝庫です。さらに、血液循環や胃腸の状態を良くして体の治癒力や解毒力を高める効果を発揮します。炎症やがん細胞自体を直接抑える生薬も知られています。これらの効果を組み合わせると、がんの再発や進展を予防することができます。実際に、高麗人参や十全大補湯などの生薬・漢方薬による発がん抑制効果が、動物実験や疫学調査で明らかになっています。
⑤ 新たながんの発生を防ぐ:
体の免疫力や抗酸化力や解毒力など自然治癒力や生体防御力が低下してくるとがんが発生しやすくなります。組織の血液循環や新陳代謝が低下した状態は組織の治癒力が低下して、がんになりやすい状態にします。漢方薬によって消化管の働きや、組織の血液循環や新陳代謝を良好にし、さらに免疫力や抗酸化力を増強するような天然の生薬の相乗作用によってがん体質を改善することができます。
多くの抗がん剤や放射線治療は発がん性があり、がん治療の長期の後遺症として発がんリスクの上昇があります。がん治療に伴う発がんリスクの軽減にも漢方治療は有効です。⑥ がんの進行を抑えたり、縮小させる:
ある種の生薬(抗がん生薬)にはがん細胞に対する増殖抑制作用や、アポトーシスや細胞分化の誘導作用なども認められています。標準治療が効かなくなった段階でも、漢方薬でがんが縮小する場合もあります。
一般に、がん治療における漢方治療の主な目的は、「標準治療の副作用軽減と抗腫瘍効果の増強(①と②)」や「症状や生活の質の改善(③)」や「がんの発生や再発の予防(④と⑤)」にあります。
一方、がんを直接縮小させる効果は弱い、あるいはほとんど無い、というのが多くの意見だと思います。がんを縮小させる効果(⑥)に関しては西洋医学の標準治療に比べて弱いのは確かですが、抗がん剤が効かなくなったがん患者さんが漢方治療だけで腫瘍が縮小したり、増大しない状態が何年も続く「がんと共存した状態」を経験することは、それほど珍しくはありません。
漢方薬ががんに効く理由は、滋養強壮作用や免疫力増強作用のある成分、血行改善や解毒作用のある成分、抗炎症作用や抗がん作用のある成分の宝庫だからです。これらを組み合せると、がんの増大を抑えたり、縮小させることができます。再発予防にも有効です。(図6)
図6:漢方薬は様々な薬効を持つ薬草(生薬)を複数組み合わせることによって、それらの相乗効果により、がんの増殖を抑え、縮小することもできる。
がんの漢方治療で頻用される10種類の生薬が中国から報告されています(図7)。その報告によるとがん治療に使用頻度が高いのは、白花蛇舌草(びゃっかじゃぜつそう)、欝金(うこん)、黄耆(おうぎ)、人参(にんじん)、霊芝(れいし)、当帰(とうき)、田七人参(でんしちにんじん)、半枝連(はんしれん)、甘草(かんぞう)、丹参(たんじん)でした。(文献:Therapeutic Effects of Ten Commonly Used Chinese Herbs and Their Bioactive Compounds on Cancers. Evid Based Complement Alternat Med. 2019; 2019: 6057837.)黄耆・人参・霊芝・当帰・田七人参・甘草は滋養強壮作用があります。田七人参・欝金・当帰・丹参は血行と解毒力を高めます。白花蛇舌草・欝金・半枝連・丹参は抗炎症作用と抗がん作用があります。
私ががん治療に使用する漢方薬の処方内容もこの報告とほぼ同じです。がん患者さんの症状や治療の状況に応じて、さらに多くの生薬を使い分けます。このように、がん患者の症状や病状や治療の状況に応じてオーダーメイドで処方内容を決めるのが、漢方治療の基本です。このような漢方薬を利用することによって、体にやさしいがん治療が実践できます。
図7:がん治療に使用される頻度の高い生薬。出典:Therapeutic Effects of Ten Commonly Used Chinese Herbs and Their Bioactive Compounds on Cancers. Evid Based Complement Alternat Med. 2019; 2019: 6057837.
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