牛蒡子(ゴボウシ)に含まれるアルクチゲニンは小胞体ストレスを軽減する。
牛蒡子(ゴボウシ)に含まれるアルクチゲニンは小胞体ストレスを軽減する。
アルクチゲニンはAMPKを活性化することによって小胞体ストレスを軽減する。(Acta Pharmacol Sin. 33(7):941-52, 2012)
【要旨】
目的:生薬の牛蒡子(ゴボウシ)に含まれるリグナン(phenylpropanoid
dibenzylbutyrolactone lignan)の一種のアルクチゲニン(Arctigenin)の、小胞体ストレスに対する保護作用とそのメカニズムをin
vitro(試験管内)の実験系で検討した。
方法:小胞体ストレスを調節する物質を探索するための培養細胞を用いたスクリーニング系を確立した。細胞生存率はMTTアッセイ法で測定し、遺伝子や蛋白質の発現はPCRやウェスタンブロット法で検討した。CaMKKβ, LKB1, AMPKα1遺伝子の抑制(サイレンシング)はRNA干渉法で行った。
細胞内のATP量はATPバイオルミネッセント•アッセイキットを用いて測定した。
結果:小胞体ストレスを誘導するbrefeldin A(100 nmol/L)の添加によって培養細胞に引き起こされた細胞死と小胞体ストレス応答を、アルクチゲニン((2.5, 5 and 10 μmol/L)は用量依存的に阻害した。
アルクチゲニン(1, 5 and 10 μmol/L)はmTOR-p70S6Kシグナル伝達系とeEF2(eukaryotic translation elongation
factor 2)活性を阻害することによって蛋白合成を顕著に抑制し、この抑制作用はRNA干渉法でAMPKの発現を抑制すると部分的に阻止された。アルクチゲニン(1-50 μmol/L)はミトコンドリアの電子伝達系の呼吸鎖複合体-Iを阻害することによってATPの細胞内レベルを低下させ、AMPKを活性化した。
AMPK阻害剤のCompound C (25 μmol/L)で細胞を前処理すると、小胞体ストレスに対するアルクチゲニンの抑制作用は阻止された。さらに、アルクチゲニン(2.5 and 5 μmol/L)はAMPKを活性化し、2mmol/Lのパルミチン酸塩(palmitate)でINS-1 β細胞に誘導した小胞体ストレスと細胞死を抑制した。
結論:アルクチゲニンはAMPKを活性化し、蛋白質合成を抑制し、小胞体への負荷を軽減することによって、小胞体ストレスから細胞を守る効果がある。
【訳者注】
AMPKはAMP活性化プロテインキナーゼ(AMP-activated protein kinase)の略です。AMPKは人から酵母まで真核細胞に高度に保存されているセリン・スレオニンキナーゼ(セリン・スレオニンリン酸化酵素)の一種で、代謝物感知タンパク質キナーゼファミリー(metabolite-sensing protein kinase family)のメンバーとして細胞内のエネルギーのセンサーとして重要な役割を担っています。
全ての真核生物は、細胞が活動するエネルギーとしてアデノシン三リン酸(Adenosine Triphosphate:ATP)というヌクレオチドを利用しています。ATPは「生体のエネルギー通貨」と言われ、エネルギーを要する生物体の反応過程には必ず使用されています。ATPがエネルギーとして使用されるとADP(Adenosine Diphosphate:アデノシン-2-リン酸)とAMP(Adenosine Monophosphate:アデノシン-1-リン酸)が増えます。すなわち、ATP → ADP + リン酸 → AMP+2リン酸というふうに分解され、リン酸を放出する過程でエネルギーが産生されます。AMPKはこのAMPで活性化されるタンパクリン酸化酵素で、低グルコース、低酸素、虚血、熱ショックのような細胞内 ATP 供給が枯渇する状況において、AMPの増加に反応して活性化されます。
AMPKは細胞内エネルギー(ATP)減少を感知して活性化し、異化の亢進(ATP産生の促進)と同化の抑制(ATP消費の抑制)を誘導し、ATPのレベルを回復させる効果があります。すなわち、AMPKが活性化すると、糖や脂肪や蛋白質の合成は抑制され、一方、糖や脂肪や蛋白質の分解(異化)が亢進してATPが産生されます。
がん細胞ではAMPKの活性が抑制されており、AMPKを活性化するとがん細胞の増殖を抑制できることが報告され、AMPKはがんの予防や治療のターゲットとして有望視されています。AMPKの活性化ががん細胞の増殖を抑制する効果があることは、培養がん細胞や移植腫瘍を使った動物実験など多くの基礎研究で明らかになっています。
mTORはmammalian target of rapamycin(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質)の略です。
mTORはラパマイシン(放線菌の一種から見つかった物質で免疫抑制作用や抗がん作用を持つ)の標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼで、細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たすと考えられています。がん細胞ではmTORの活性が亢進しており、mTORの活性を阻害すると、がん細胞の増殖や血管新生を阻害することができます。mTOR阻害剤ががんの治療薬として臨床ですでに使用されています。AMPKはmTOR経路を阻害して蛋白質の合成を抑制し、がん細胞の増殖や血管新生を阻害します。
小胞体ストレス(Endoplasmic reticulum stress)とは、正常な高次構造に折り畳まれなかったタンパク質(変性タンパク質:unfold protein)が小胞体に蓄積し、それにより細胞への悪影響、つまりストレスが生じることです。
細胞内のリボソームで合成された蛋白質は、小胞体で修飾を受け、高次構造(折り畳み)を形成しながら成熟蛋白質となって細胞外へ搬出されます。正常な折り畳みがなされた蛋白質はゴルジ体へ送られますが、折り畳みに失敗した異常な蛋白質は小胞体にとどまります。このような正常な高次構造に折り畳まれなかった異常蛋白質が小胞体内に蓄積して、細胞への悪影響(=ストレス)が生じることを小胞体ストレス(ERストレス:Endoplasmic
reticulum stress)と言います。
小胞体ストレスは細胞の機能を妨げるため、細胞にはその障害を回避する仕組みが備わっています。この小胞体ストレスに対する細胞反応を小胞体ストレス応答 (unfold protein response: UPR) といいます。
小胞体ストレスの原因となる変性タンパク質は、遺伝子変異、ウイルス感染、炎症、有害化学物質、栄養飢餓、低酸素(虚血)などにより生じます。変性タンパク質は小胞体ストレスセンサー(IRE1alpha, ATF6, Perk など)によって感知され、小胞体ストレス応答を誘導します。小胞体ストレス応答は、蛋白質の産生量を低下させることで小胞体におけるタンパク質の折りたたみ負荷を軽減したり、分子シャペロンの量を増やすことで折りたたみ機能を向上させたり、変性タンパク質の除去効率をあげることで小胞体ストレスを取り除くよう働きます。
変性タンパク質が過剰に蓄積し、小胞体ストレスの強さが細胞の回避機能を越えると、細胞死(アポトーシス)が誘導されます。小胞体ストレスはアルツハイマー病などの神経変性疾患などさまざまな疾患の原因となると考えられています。
この論文は、細胞に引き起こされた小胞体ストレスを牛蒡子に含まれるアルクチゲニン(Arctigenin)が軽減し、小胞体ストレスから細胞を守るという内容です。そのメカニズムとして、アルクチゲニンはAMPKを活性化し、mTORシグナル伝達を抑制し、蛋白質合成を抑制して小胞体への負荷を軽減することによって小胞体ストレスを軽減するということです。
小胞体ストレスは糖尿病やパーキンソン病や動脈硬化性疾患など様々な疾患の発症と深く関連していることが知られています。したがって、小胞体ストレスを軽減する効果はこれらの疾患の予防や治療に役立つ可能性があります。また、AMPKの活性化やmTOR阻害作用はがん治療にも役立つ可能性を示唆しています。
牛蒡子(ゴボウシ)はキク科のゴボウArctium lappa L. の果実(種子)です。牛蒡(ゴボウ)の根は食用に供されますが、種子は牛蒡子という生薬名で薬用に用いられます。
牛蒡子には解毒、解熱、消炎、排膿の作用があり、咽の痛い風邪、扁桃腺炎、化膿性の腫れ物、湿疹、麻疹、歯茎の腫れなどに応用されています。牛蒡子の配合される漢方処方には柴胡清肝湯(さいこせいかんとう)、消風散(しょうふうさん)、銀翹散(ぎんぎょうさん)などがありますが、これらは風邪や湿疹や慢性炎症やアトピー体質の治療に使われます。
牛蒡子には抗炎症作用や抗菌作用、抗腫瘍作用が報告されており、清熱解毒薬に分類されます。牛蒡子の抗炎症作用や抗腫瘍作用は、それに含まれるアルクチイン(arctiin)やアルクチゲニン(arctigenin)などのリグナン誘導体によるものと考えられています。
この論文から、牛蒡子は小胞体ストレスを軽減することで、様々な変性性疾患にも効果があることが示唆されます。
図:リボソームで作られた蛋白質は、小胞体で修飾を受けて高次構造(折り畳み)を形成し、さらにゴルジ体で糖鎖の結合などによって成熟蛋白質となって細胞外へ搬出、あるいは細胞内で利用される。低酸素やグルコース枯渇や栄養飢餓状態が起こると、折り畳みに異常をきたした不良蛋白質が小胞体に蓄積する。これを『小胞体ストレス』という。牛蒡子に含まれるアルクチゲニンは、AMP活性化プロテインキナーゼを活性化し、mTORシグナル伝達系を阻害し、蛋白合成を抑制して小胞体の負荷を減らし、小胞体ストレスを軽減する作用が報告されている。
原文:
Acta Pharmacol Sin. 2012 Jul;33(7):941-52. doi: 10.1038/aps.2012.60.
Epub 2012 Jun 18.
Arctigenin
alleviates ER stress via activating AMPK.
Gu Y, Sun XX, Ye JM, He L, Yan SS, Zhang HH, Hu LH, Yuan JY, Yu Q.
Source
Department of Tumor
Pharmacology, Shanghai Institute of Materia Medica, Chinese Academy of
Sciences, Shanghai 201203, China.
Abstract
Aim:To investigate the protective effects of arctigenin (ATG), a phenylpropanoid dibenzylbutyrolactone lignan from Arctium lappa L (Compositae), against ER stress in vitro and the underlying mechanisms.Methods:A cell-based screening assay for ER stress regulators was established. Cell viability was measured using MTT assay. PCR and Western blotting were used to analyze gene and protein expression. Silencing of the CaMKKβ, LKB1, and AMPKα1 genes was achieved by RNA interference (RNAi). An ATP bioluminescent assay kit was employed to measure the intracellular ATP levels.Results:ATG (2.5, 5 and 10 μmol/L) inhibited cell death and unfolded protein response (UPR) in a concentration-dependent manner in cells treated with the ER stress inducer brefeldin A (100 nmol/L). ATG (1, 5 and 10 μmol/L) significantly attenuated protein synthesis in cells through inhibiting mTOR-p70S6K signaling and eEF2 activity, which were partially reversed by silencing AMPKα1 with RNAi. ATG (1-50 μmol/L) reduced intracellular ATP level and activated AMPK through inhibiting complex I-mediated respiration. Pretreatment of cells with the AMPK inhibitor compound C (25 μmol/L) rescued the inhibitory effects of ATG on ER stress. Furthermore, ATG (2.5 and 5 μmol/L) efficiently activated AMPK and reduced the ER stress and cell death induced by palmitate (2 mmol/L) in INS-1 β cells.Conclusion:ATG is an effective ER stress alleviator, which protects cells against ER stress through activating AMPK, thus attenuating protein translation and reducing ER load.
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