L-カルニチンは進行膵臓がんの悪液質による体重減少を防ぐ
L-カルニチンは進行膵臓がんの悪液質による体重減少を防ぐ
進行膵臓がんにおけるL-カルニチンの補充 - ランダム化多施設臨床試験
Nutr J. 11(1):52, 2012 [Epub ahead of print]
【要旨】
研究の背景:体重が10%以上減少するがん性悪液質は膵臓がんの予後を悪くする要因の一つである。L-カルニチンの欠乏ががん性悪液質の発症に関連していることが報告されている。
結果:152例の進行膵臓がん患者をスクリーニングし、72例を対象に前向き・多施設・プラセボ対照・ランダム化二重盲検臨床試験にて、L-カルニチン(4g)投与群とプラセボ群投与群に分け、12週間の投与を行った。
この試験を開始する前に患者は平均12±2.5kgの体重減少を起こしていた。12週間の試験期間後、ボディマス指数(body-mass-index: BMI)は、L-カルニチン投与群では3.4±1.4%増加したが、コントロール群(プラセボ投与群)では1.5±1.4%の減少であった。この差は統計的に有意であった(p<0,05)。さらに、栄養状態(body cell massと体脂肪)と生活の質(QOL)の指標はL-カルニチン投与群で改善した。平均生存期間はL-カルニチン投与群が519±50日に対してコントロール群は399±43日で、L-カルニチン投与群の方が生存期間が延長する傾向を認めた(ただし統計的な有意差は認められなかった)。入院期間はL-カルニチン投与群で36±4日に対してコントロール群は41±9日で、L-カルニチン投与群の方が入院期間が短い傾向を認めた。
結論:今回の結果はまだ予備試験の段階で、より大規模な臨床試験で確かめる必要があるが、L-カルニチンのサプリメントでの補充は、進行膵臓がん患者に治療において臨床的な利益を与えることが示された。
原文:
Nutr J.
2012 Jul 23;11(1):52. [Epub ahead of print]
L-Carnitine-supplementation
in advanced pancreatic cancer (CARPAN) - a randomized multicentre trial.
Kraft M, Kraft K,
Gärtner S,
Mayerle J,
Simon P,
Weber E,
Schütte K,
Stieler J,
Koula-Jenik H,
Holzhauer P,
Gröber U,
Engel G,
Müller C,
Feng YS,
Aghdassi A,
Nitsche C,
Malfertheiner P,
Patrzyk M,
Kohlmann T,
Lerch MM.
Abstract
BACKGROUND:
Cachexia, a >10% loss of body-weight, is one
factor determining the poor prognosis of pancreatic cancer. Deficiency of L-Carnitine
has been proposed to cause cancer cachexia.
FINDINGS:
We screened 152 and enrolled 72 patients suffering
from advanced pancreatic cancer in a prospective, multi-centre,
placebo-controlled, randomized and double-blinded trial to receive oral L-Carnitine
(4g) or placebo for 12 weeks. At entry patients reported a mean weight loss of
12 +/- 2,5 (SEM) kg. During treatment body-mass-index increased by 3,4 +/- 1,4%
under L-Carnitine and decreased (-1,5 +/- 1,4%) in controls (p<0,05).
Moreover, nutritional status (body cell mass, body fat) and quality-of-life
parameters improved under L-Carnitine. There was a trend towards an increased
overall survival in the L-Carnitine group (median 519 +/- 50 d versus 399 +/-
43 d, not significant) and towards a reduced hospital-stay (36 +/- 4d versus 41
+/- 9d).
CONCLUSION:
While these data are preliminary and need confirmation they indicate that patients with pancreatic cancer may have a clinically relevant benefit from the inexpensive oral supplementation of L-Carnitine.
【訳者注】
悪液質(あくえきしつ:cachexia, カヘキシー)というのは、慢性疾患の経過中に起こる主として栄養失調に基づく病的な全身の衰弱状態で、全身衰弱、羸痩(るいそう)、浮腫、貧血による皮膚蒼白などの症状を呈します。進行がんによる悪液質の場合、がんは宿主を無視して増殖するため体に必要な栄養素を奪い取り、さらにがん細胞から分泌される物質や老廃物の蓄積、炎症細胞からのサイトカインの過剰分泌、血液循環障害など多くのメカニズムが積み重なっています。
飢餓での体重減少は貯蔵脂肪の涸渇が主ですが、悪液質では骨格筋と体脂肪の両方が失われ、体力が急速に低下します。悪液質になると、食欲不振や倦怠感などの症状が現れ、治癒力や抵抗力が低下してQOL(Quality od Life, 生活の質)を悪くする原因となります。抵抗力が低下すると感染症が発生して、ますます体力がなくなり死亡の原因となります。
悪液質の一つの基準は6ヶ月間で10%以上の体重減少ですが、進行膵臓がんの場合、80%以上の症例で悪液質が発症します。手術や抗がん剤治療が体重減少や悪液質を悪化させます。
がんの末期も死期を決める最大の要因は生体防御力や抵抗力のレベルにかかっています。がんの増殖を抑えることができなくても、がん患者の衰弱と死亡の直接的な原因である悪液質の状態を軽減できれば、延命効果が得られます。
L-カルニチンは細胞内における脂質の代謝に不可欠で、不足するとミトコンドリアでの脂肪酸の燃焼が障害されて、細胞におけるエネルギー産生が低下してしまいます。脂肪酸はL-カルニチンが結合しないとミトコンドリアの中に入ることができないからです。
体脂肪の燃焼を促進することで、ダイエットのサプリメントとして人気がありますが、細胞のエネルギー産生を高める効果があるので、様々な病気の治療にも応用されています。癌においても、抗がん剤治療による倦怠感や抑うつ気分を軽減する効果が報告されています。
L-カルニチンはヒトの体内で合成されます。カルニチンの合成には2つの必須アミノ酸(リジン、メチオニン)、3つのビタミン(ビタミンC、ナイアシン、ビタミンB6)、還元型鉄イオンが必要で、これらの栄養素の一つでも不足すればカルニチンは不足することになります。
L-カルニチンの合成は肝臓、腎臓、脳でのみ起こります。心臓と骨格筋のように、脂肪酸の酸化によって主なエネルギーを得ている組織は、カルニチンを合成できないため、血液中のカルニチンを取り込んで利用しています。
食事性カルニチンの主な供給源は肉類と乳製品であり、穀類、果物、野菜にはほとんど含まれていません。体内で合成されますが、がんの治療で体力が消耗したり、栄要素が不足するとL-カルニチンの欠乏がおこり、細胞内でのエネルギー産生が低下します。抗がん剤治療中には、腸粘膜の障害で食事性カルニチンの吸収が低下し、肝臓や腎臓機能のダメージで体内での合成が低下し、尿中の排泄も増えることが指摘されています。
がんの代替医療では菜食主義を徹底する治療法もありますが、肉や乳製品を完全に排除する食事もカルニチンの不足を引き起こします。
したがって、抗がん剤治療中をはじめ、がん患者が訴える倦怠感や体力低下に、体内でのL-カルニチンの不足の関与が指摘されています。カルニチンの不足は脳でのエネルギーの枯渇を引き起こし、抑うつ気分や思考力の低下の原因にもなります。
L-カルニチンが抗がん剤治療中の倦怠感や抑うつ気分を改善するという臨床報告があります。例えば、イタリアのUrbino病院の研究では、抗がん剤治療を受けた後、倦怠感を訴えた30人を対象に、L-カルニチンを1日4gを 7日間投与したところ、26人(87%)の患者で倦怠感が軽減しました。
抗がん剤のアドリアマイシンの心臓へのダメージをL-カルニチンが軽減したという報告もあります。シスプラチンによる腎臓障害を防いだり、タキソールによる神経障害を軽減する効果も報告されています。 L-カルニチンは極めて安全性が高く、ヒトにおける臨床研究においても有意な副作用はまったく報告されていません。ただし、D-カルニチンは、天然のL-カルニチンの作用を阻害し、心筋および骨格筋におけるL-カルニチン欠乏症を生じさせますので、天然型のL-カルニチンを利用することが大切です。 また、カルニチンは、いかなる薬物や栄養素とも逆相互作用が認められていません。カルニチンとコエンザイムQ10とを組み合わせると、相乗的に働くことがわかっています。
参考文献
Potential role of levocarnitine supplementation for
the treatment of chemotherapy-induced fatigue in non-anaemic cancer
patients.
Br J Cancer.86(12):1854-1857. 2002
L-Carnitine inhibits
cisplatin-induced injury of the kidney and small intestine.
Arch Biochem
Biophys. 405(1):55-64.2002
L-carnitine supplementation for the treatment of fatigue
and depressed mood in cancer patients with carnitine deficiency: a preliminary
analysis.
Ann N Y Acad Sci. 1033:168-176. 2004
< 前の記事「 ジインドリルメタンは卵巣がんに対するシスプラチンの抗腫瘍効果 ... 」 | ホーム | 次の記事「 L-カルニチンはがん性悪液質を緩和する 」 >