2018年10月アーカイブ
漢方治療はがん患者の生存率を高める
漢方治療はがん患者の生存率を高める
台湾におけるがん治療における中医薬(漢方薬)治療の実態に関して多くの報告があります。
以下の論文では漢方治療を受けたがん患者は漢方治療を受けなかったがん患者より生存率が高いことが報告されています。
Use
of Complementary Traditional Chinese Medicines by Adult Cancer Patients in
Taiwan: A Nationwide Population-Based Study(台湾における成人がん患者による伝統的中医薬の補完的使用:全国民ベースの研究)Integr
Cancer Ther. 2018 Jun; 17(2): 531-541.
【要旨】
研究の背景:がん患者の多くは、補完的な代替医療を求めている。台湾の成人がん患者による伝統的な中医薬(漢方薬)の使用を調査した。
方法: 台湾の難治性疾患患者登録データベース(Registry for
Catastrophic Illness Patients Database)を調査し、国際疾病分類(第9改正)に基づいて、2001年から2009年までのがんと診断された全ての成人を対象にして、2011年まで追跡調査した。このデータベースにより、中医薬使用者(n=74620)と非使用者(n = 508179)を分類できた。すべての人口統計学的および臨床的なデータが分析された。
結果: 中医薬を使用していないがん患者と比較して、中医薬を使用しているがん患者は、より若く、女性とホワイトカラーの労働者(頭脳労働をする人)が多い傾向にあり、さらに高度に都市化の進んだ地域(highly
urbanized areas)に住んでいる人が多かった。
がんの診断を受けてから中医学のクリニックに相談に行くまでの平均間隔は15.3ヶ月であった。
最も多いがんの種類は、中医薬使用者では乳がん(19.4%)であり、中医薬非使用者では肝内胆管がん(13.6%)であった。
中医薬使用者が中医学の診療所を訪れた主な理由は、内分泌系異常、栄養障害および代謝性疾患、免疫障害であった。
中医薬使用者の33.1%が年間に9回以上中医学診療所を訪問し、がんの診断から最初に中医学治療の相談に行くまでの期間の平均は5.14ヶ月であった。
中医学的治療のうち最も多かったのは中医薬(漢方薬)であった。
がん患者が中医学的治療を求めた理由は、不眠、倦怠感・疲労、めまい・頭痛、胃腸障害、筋肉痛・筋膜炎、不安・うつ病であった。
年齢、性別、居住地の都市化、職業、医療期間への訪問回数、および非医療関係のセンターの訪問を調整後の解析で、中医薬非使用者に比べて中医薬使用者の死亡率は低く、その死亡率の調整ハザード比は0.69(95%信頼区間 = 0.68-0.70)であった。
結論:本研究では、台湾の成人がん患者における中医薬(漢方薬)使用の概要を提供している。 中医薬の使用は、がんの種類の違いによって様々であった。がん患者を診療する医師は、患者が使用している補完的な中医薬(漢方薬)の使用にもっと注意を払うべきである。
【解説】
情報技術の進歩により、今やビッグデータの時代と言われています。医療の疫学研究でも医療ビッグデータを利用した研究が増えています。
台湾では、1995年に国民皆保険制度を実現しています。
台湾の医療制度は、「全民健康保険(National Health Insurance)」という台湾政府が管理するシステムで、台湾で戸籍を持つ全ての人に対して平等な医療ケアを提供するために作られました。国民全員を加入対象とした完全な社会保険制度で、国民全員が出生した時点で、平等に医療を受ける権利を享受できできます。
健康保険証はICカードのみで、医療事務の電子システム化が進んでおり、オンライン請求率は2006年には99.98%に達しています。
このような状況で、台湾では国民全体の医療情報(年齢、性別、病名、治療内容など)がデータベース化されています。この「全民健康保険研究データベース(National health insurance research database;
NHIRD)」を使った疫学研究が台湾から数多く発表されています。
がんの場合はNHIRDの中に「難治性疾患患者登録データベース(Registry for Catastrophic Illness Patients
Database)」というデータベースもあります。
台湾の全民健康保険(National Health Insurance)では、がん患者は西洋医学の標準治療だけでなく、中医学治療(漢方治療)も保険給付され、それらの情報がデータベース化されています。したがって、漢方治療を受けたがん患者と漢方治療を受けなかったがん患者で、生存率や生存期間の比較も可能になっています。
ハザード比(Hazard ratio)というのは追跡期間を考慮したリスクの比です。この論文のリスクは死亡率です。
この報告において、漢方薬非使用群に対する漢方薬使用群の死亡率のハザード比が0.69というのは、追跡期間中に漢方薬を服用したがん患者は漢方薬を服用しなかったがん患者に比べて死亡率が31%減少したという意味になります。
95%信頼区間とは,仮に同様な試験を100回した場合に95回はこの値の幅の中に入るという意味です。95%信頼区間 = 0.24-0.45というのは、同様な試験を100回行なえば、95回はハザード比が0.24-0.45の間に入ることを意味します。つまり、漢方薬ががん患者を延命させる可能性は極めて高いという結果です。
漢方薬を使用する人は女性が多く、都市化の進んだ地域に住んでいる人が多いという結果が得られています。
都市の方が漢方薬などの中医学治療を行なっている医療機関が多いというアクセスの良さが理由のようです。田舎では中医学のクリニックが無いということです。
都市化が進んだ地域は、生活環境や医療環境も良いので、それが生存率に影響する可能性があります。また、女性は男性よりも寿命が長いので、女性が多いことが生存率の高さに影響する可能性もあります。
そこで、このような交絡因子(調べようとする因子以外の因子で、病気や死亡の発生に影響を与えるもの)の影響をさける目的で、年齢、性別、居住地の都市化、職業、医療期間への訪問回数、および非医療関係のセンターの訪問を調整後のハザード比を計算しています。
その結果、漢方薬服用はがん患者の死亡率を30%くらい低下させるという結果が得られたということです。
【原文】
Integr
Cancer Ther. 2018 Jun;17(2):531-541. doi:
10.1177/1534735417716302. Epub 2017 Jun 30.
Use of Complementary Traditional Chinese Medicines by Adult Cancer Patients in
Taiwan: A Nationwide Population-Based Study.
Kuo YT1,2, Chang TT1,3, Muo CH4, Wu MY3, Sun MF1,3, Yeh CC2,5, Yen HR1,3,6.
Abstract
BACKGROUND:
Many patients with cancer
seek complementary and alternative medicine treatments. We investigated the use
of traditional Chinese medicine (TCM) by adult cancer patients in Taiwan.
METHODS:
We reviewed the Registry
for Catastrophic Illness Patients Database of Taiwan, and included all adult
patients diagnosed cancer, based on the International Classification of
Diseases (ninth revision), from 2001 to 2009 and followed until 2011. This
database allowed categorization of patients as TCM users (n = 74 620) or non-TCM
users (n = 508 179). All demographic and clinical claims data were analyzed.
RESULTS:
Compared with non-TCM
users, TCM users were younger and more likely to be female, white-collar
workers, and reside in highly urbanized areas. The average interval between
cancer diagnosis and TCM consultation was 15.3 months. The most common cancer
type was breast cancer in TCM users (19.4%), and intrahepatic bile duct cancer
in non-TCM users (13.6%). The major condition for which TCM users visited
clinics were endocrine, nutritional and metabolic diseases, and immunity
disorders (23.2%). A total of 33.1% of TCM users visited TCM clinics more than
9 times per year and their time from diagnosis to first TCM consultation was
5.14 months. The most common TCM treatment was Chinese herbal medicine. The
common diseases for which cancer patients sought TCM treatment were insomnia,
malaise and fatigue, dizziness and headache, gastrointestinal disorders,
myalgia and fasciitis, anxiety, and depression. Overall, TCM users had a lower
adjusted hazard ratio (aHR) for mortality (aHR = 0.69, 95% CI = 0.68-0.70)
after adjustment for age, sex, urbanization of residence, occupation, annual
medical center visits, and annual non-medical center visits.
CONCLUSIONS:
This study provides an overview of TCM usage among adult cancer patients in Taiwan. TCM use varied among patients with different types of cancer. Physicians caring for cancer patients should pay more attention to their patients' use of complementary TCM.
漢方治療は膵臓がん患者の生存率を高める
漢方治療は膵臓がん患者の生存率を高める
台湾の医療ビッグデータを利用した疫学研究で、膵臓がん患者で漢方薬(中医薬)を使用した患者は、漢方薬を使用しなかった患者よりも生存率が高いことが示されています。漢方治療の期間が長いほど生存率が高いという用量依存性も示されています。以下のような報告があります。
Complementary Chinese Herbal Medicine Therapy Improves Survival of Patients With Pancreatic Cancer in Taiwan: A Nationwide Population-Based Cohort Study.(台湾において補完的な漢方治療は膵臓がん患者の生存率を高める:全国人口レベルのコホート研究)Integr Cancer Ther. 2018 Jun; 17(2): 411-422.
【要旨】背景:膵臓がんは治療が困難ながんであり、発見が遅れることが多く、予後は不良である。一部の患者は伝統的な中国医学の治療を受けている。我々は、台湾の膵臓がん患者における補完的な漢方薬治療の利点を調べることを目指した。
方法:1997年から2010年に台湾難治性疾患患者登録データベース(Taiwanese Registry for Catastrophic Illness Patients Database)に登録された全ての膵臓がん患者を対象とした。年齢、性別、膵臓がんと診断された年を一致させた1:1マッチング法を用いて、漢方治療を併用した386人と、漢方治療を併用しない386人を比較解析した。死亡リスクの危険率(ハザード比)はCox回帰モデルを用いて比較した。生存期間の差はKaplan-Meier曲線を用いて比較した。
結果:漢方薬の使用、年齢、性別、都市化レベル、他の病気の有無および治療に関して相互に調整されたCoxハザード比モデルによる解析で、漢方治療を受けた患者は死亡リスクのハザード比が低かった(調整ハザード比 = 0.67,95%信頼区間 = 0.56-0.79)。 漢方療法を90日間以上受けた患者は、漢方治療を受けなかった患者よりも死亡リスクのハザード比が有意に低かった。漢方治療を90〜180日間受けた群では、調整後ハザード比 = 0.56(95%信頼区間 = 0.42〜0.75)で、180日間以上漢方治療を受けた群では ハザード比= 0.33(95%信頼区間 = 0.24-0.45)であった。 漢方薬併用群の患者の生存率は高かった。
患者が使用した生薬と漢方方剤で最も頻度が高かったのは、単一の生薬では白花蛇舌草で、漢方処方では香砂六君子湯であった。
結論:補完的な中国薬草療法(漢方治療)は、膵臓がん患者の死亡率を低下させる可能性がある。今後はさらに前向き臨床試験によってこの結果を確認する必要がある。
【解説】
漢方薬(中医薬)治療を受けた期間が長いほど延命効果があるという結果です。
漢方処方では香砂六君子湯(こうしゃりっくんしとう)が多く、単一の生薬では白花蛇舌草の使用頻度が高いという膵臓がんの漢方治療の特徴を明らかにしています。
香砂六君子湯は、胃腸虚弱で消化管に水分が停滞しやすいタイプに用いる六君子湯(人参、白朮、茯苓、大棗、甘草、生姜、半夏、陳皮)に、さらに胃腸の機能を高め、食欲を亢進し、気分の塞さがりを開く働きがある香附子、縮砂、藿香を加えた処方です。六君子湯に抗うつ作用を加えた処方といえます。
香附子・縮砂・藿香は香りが良く、気の巡りを改善し、気うつの症状(気分が沈む、気分が塞がる、意気消沈する精神状態)を改善します。
膵臓がんでは胃腸の働きが低下し、食欲が低下します。さらにうつ症状を呈することが多く経験されます。したがって、進行した膵臓がん患者さんは香砂六君子湯の証が多くなるのかもしれません。
白花蛇舌草は抗がん作用のある生薬です。
白花蛇舌草の煎じ薬は、肝臓の解毒作用を高めて血液循環を促進し、白血球・マクロファージなどの食細胞の機能を著しく高め、リンパ球の数や働きを増して免疫力を高めます。多くのがんに広く使用され、良い治療効果が報告されています。 飲み易く刺激性が少ないので、食欲が低下した進行がんにも適しています。
漢方治療は膵臓がんの抗がん剤治療の副作用軽減と抗腫瘍効果増強に有効です。
その結果、QOL(生活の質)を高め、延命します。
図:(右)漢方治療は体力・免疫力を増強する効果と直接的な抗腫瘍作用(がん細胞の増殖抑制、アポトーシス誘導など)によって、QOL(生活の質)の改善と延命効果がある。
(左)台湾の医療ビッグデータを利用した疫学研究で、膵臓がん患者で漢方薬(中医薬)を使用した患者は、漢方薬を使用しなかった患者よりも生存率が高いことが示されている。漢方治療の期間が長いほど生存率が高いという用量依存性も示されている。
【原文】
Integr Cancer
Ther. 2018 Jun;17(2):411-422. doi: 10.1177/1534735417722224. Epub 2017 Aug 3.
Complementary Chinese Herbal Medicine Therapy Improves Survival of Patients
With Pancreatic Cancer in Taiwan: A Nationwide Population-Based Cohort Study.
Abstract
BACKGROUND:
Pancreatic cancer is a difficult-to-treat cancer with a late presentation and poor prognosis. Some patients seek traditional Chinese medicine (TCM) consultation. We aimed to investigate the benefits of complementary Chinese herbal medicine (CHM) among patients with pancreatic cancer in Taiwan.
METHODS:
We included all patients with pancreatic cancer who were registered in the Taiwanese Registry for Catastrophic Illness Patients Database between 1997 and 2010. We used 1:1 frequency matching by age, sex, the initial diagnostic year of pancreatic cancer, and index year to enroll 386 CHM users and 386 non-CHM users. A Cox regression model was used to compare the hazard ratios (HRs) of the risk of mortality. The Kaplan-Meier curve was used to compare the difference in survival time.
RESULTS:
According to the Cox hazard ratio model mutually adjusted for CHM use, age, sex, urbanization level, comorbidity, and treatments, we found that CHM users had a lower hazard ratio of mortality risk (adjusted HR = 0.67, 95% CI = 0.56-0.79). Those who received CHM therapy for more than 90 days had significantly lower hazard ratios of mortality risk than non-CHM users (90- to 180-day group: adjusted HR = 0.56, 95% CI = 0.42-0.75; >180-day group: HR = 0.33, 95% CI = 0.24-0.45). The survival probability was higher for patients in the CHM group. Bai-hua-she-she-cao (Herba Oldenlandiae; Hedyotis diffusa Spreng) and Xiang-sha-liu-jun-zi-tang (Costus and Chinese Amomum Combination) were the most commonly used single herb and Chinese herbal formula, respectively.
CONCLUSIONS:
Complementary
Chinese herbal therapy might be associated with reduced mortality among
patients with pancreatic cancer. Further prospective clinical trial is
warranted.