2-デオキシ-D-グルコースはがん細胞のエネルギー産生と物質合成を阻害する

◉ 2-デオキシ-D-グルコースはグルコース(ブドウ糖)の誘導体

グルコース類縁物質の2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はがん細胞に多く取り込まれ、がん細胞の解糖系とペントースリン酸経路を阻害して、エネルギー産生と物質合成を阻害します。その結果、がん細胞における抗酸化力(活性酸素やフリーラジカルを消去する能力)を低下させ、アルテスネイトなどによるフェロトーシス誘導を増強することができます。

2-デオキシ-D-グルコース(2-Deoxy-D-glucose)は、グルコース(ブドウ糖)の2位の水酸基(OH)が水素原子(H)に置換された物質(グルコース誘導体)です。2-デオキシグルコース(2-DG)はグルコースと同じようにグルコース輸送体(グルコース・トランスポーター)のGLUT1を利用して細胞内に取り込まれます。
グルコースと2-DGは細胞内に入ると
ヘキソキナーゼ(Hexokinase)によってリン酸化され、グルコース-6-リン酸あるいは2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸(2-DG-6-リン酸)に変換されます。リン酸化されるとグルコース・トランスポーター(GLUT1)を通過できないため細胞外へ出れなくなります。このヘキソキナーゼによる6位のリン酸化は解糖系によるグルコースの代謝の最初のステップで、細胞内に取込んだグルコースを細胞内にとどめておく目的があります。
リン酸化反応後は、グルコース-6-リン酸はさらに解糖系で代謝されてエネルギー産生に使われ、ペントース・リン酸経路で核酸などの物質合成の材料としても利用されます。
しかし、
2-DG-6-リン酸は、解糖系酵素で代謝できないため、細胞内に蓄積します。グルコース-6-リン酸や2-DG-6-リン酸を脱リン酸化するフォスファターゼが糖新生を行う肝臓や腎臓の細胞にはありますが、多くのがん細胞はフォスファターゼの活性が低いので、一旦入った2DGは2DG-6-リン酸に変換されたあとは細胞外に出ることができず、さらにそれ以上代謝されることもできないので、2-DG-6-リン酸の状態でどんどん蓄積します。
2-DGによってエネルギー産生が低下するとそのストレス応答によってグルコーストランスポーターの発現がさらに増え、2-DGの取り込みをさらに増やすことにもなります。したがって、がん細胞は正常細胞に比べてより2-DGの取込みが増えます。

図:2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はグルコース・トランスポーター(GLUT1)によって細胞内に取り込まれる。がん細胞はGLUT1の発現量が増え、グルコースと同時に2-DGも多く取り込む。2-DGはヘキソキナーゼで2-DG-6リン酸に変換されるが、それ以上代謝されない。がん細胞はフォスファターゼの活性が低いので、2-DG-6-リン酸ががん細胞内に蓄積する。2-DG-6-リン酸はヘキソキナーゼをフィードバック阻害するので、 2-DG-6-リン酸を取り込んだがん細胞はグルコースの解糖系での代謝が阻害される。その結果、がん細胞のエネルギー産生と物質合成は阻害されることになる。

2-DGががん細胞内に多くトラップされることを利用した検査法がPETです。PETは「ポジトロン・エミッション・トモグラフィー(Positron Emission Tomography)」の略で、日本語では陽電子放射線断層撮影といいます。
2-DGの2位の水素原子(つまり、グルコースの2位のOH基)を陽電子放出同位体フッ素18(18F)で置換された18F-フルオロデオキシグルコース(FDG)という薬剤を注射した後、それをPET装置で撮影し、FDGの集まり方を画像化して診断するものです。多くのがんは、グルコース取り込みおよびヘキソキナーゼレベルが上昇しているため、がん細胞にFDGが集まるのです。(下図)

図:18F-フルオロデオキシグルコース(18F-FDG)はグルコース(ブドウ糖)の2位の水酸基を陽電子(Positron)放出核種であるフッ素18で置換した誘導体。がん細胞は正常細胞の3〜8倍ものグルコースを取り込んで消費している。グルコースと同様に、がん細胞は18F-FDGの取り込みも多いので、18F-FDGを注射してがん組織を検出することができる。この検査を陽電子放出断層撮影(Positron Emission Tomography: 略してPET)と言う。

蓄積した2-DG-6リン酸は解糖系酵素のヘキソキナーゼホスホグルコースイソメラーゼ(グルコースリン酸イソメラーゼ)をフィードバックで阻害する作用があり、取り込まれたグルコースの解糖系での代謝を阻害し、ATP産生や物質合成を低下させます。
したがって、2-DGを経口摂取すると、がん細胞に多く取り込まれ、がん細胞の解糖系を阻害するので、グルコースの代謝によるエネルギー産生と物質合成を阻害することになります。(下図)


図:2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はグルコース(ブドウ糖)の2位のOHがHに変わっているグルコース類縁物質(①)で、グルコースと同様にグルコーストランスポーター(GLUT1)によって細胞内に取り込まれる(②)。細胞内のヘキソキナーゼで2-DG-6リン酸(2-DG-6-PO4)になるが、それから先の解糖系酵素では代謝できないので細胞内に蓄積する(③)。蓄積した2-DG-6リン酸はヘキソキナーゼ(HK)とホスホグルコースイソメラーゼ(PGI)をフィードバック的に阻害するので、グルコースの解糖系での代謝を阻害する(④)。

◉ グルコースの取込みが多いがん細胞は増殖活性が高い

一般的にグルコースの取込みの多いがん細胞ほど増殖が早く、悪性度が高く、予後が悪いと言えます。 取り込まれたグルコースがエネルギー産生と細胞を構成する成分の合成に使われるからで、グルコースの取込みが多いことは増殖活性が高いことを意味します。
したがって、がん細胞におけるグルコースの取込みや解糖系での代謝を阻害するとがん細胞の増殖活性を低下させることができます。 また、抗がん剤治療や放射線治療にグルコースの取込みや解糖系を阻害する治療を併用すると、抗がん剤や放射線治療の効き目を高めることができます。
がん細胞が抗がん剤や放射線でダメージを受けても、エネルギー(=ATP)と細胞成分を作る材料、すなわちグルコースが十分に供給されておれば、ダメージを修復して増殖を続けることができます
。しかし、がん細胞におけるグルコースの取込みや利用を阻害すれば、ダメージを修復することができません。 グルコースの取込みやエネルギー産生過程を阻害する方法は、抗がん剤や放射線に対するがん細胞の感受性を高める効果が期待でき、がん治療の重要なターゲットになっています。(下図)

(上)がん細胞はグルコースの取込みと代謝(解糖系とペントース・リン酸経路)が亢進してATP産生と細胞を構成する物質(細胞膜や核酸など)の合成が亢進している。抗がん剤や放射線照射によって細胞がダメージを受けても、ATP産生と物質合成が十分であれば、ダメージを修復して増殖活性を維持できる。
(下)グルコースの取込みや代謝が阻害されると、ダメージの修復に必要なATPも物質合成も行えなくなる。そうなると抗がん剤や放射線で受けたダメージを修復できないので、細胞死をきたすことになる。

 

◉ 2-デオキシ-D-グルコースで解糖系を阻害するとがん細胞は死滅する

2-DGはグルコース(ブドウ糖)と同じグルコース輸送担体(グルコース・トランスポーター)のGLUT1を利用してがん細胞内に取り込まれ、解糖系の最初のステップのヘキソキナーゼによって2-DG-6リン酸に変換されます。2-DG-6リン酸はその次の解糖系酵素では代謝できないため細胞内でどんどん蓄積します。細胞内に蓄積した2-DG-6リン酸はヘキソキナーゼをフィードバック阻害するので、正常のグルコースの代謝も阻害されます。フィードバック阻害というのは、酵素反応で反応生成産物が多くできると、その反応を止めるために生成物が酵素を阻害する作用のことです。
2-DGを取り込んでエネルギー産生が低下するとそのストレス応答によってグルコーストランスポーター(GLUT1)の発現がさらに増え、2-DGの取り込みをさらに増やすことになります。したがって、がん細胞には正常細胞に比べてより多くの2-DGが取込まれ、エネルギー産生と物質合成の阻害による影響はがん細胞で大きくなります。
つまり、
2-DGは優先的にがん細胞に取り込まれ、解糖系やペントース・リン酸経路を阻害して、がん細胞を内部から崩壊させることができるのです

2-DGががん細胞の増殖を抑制する効果が指摘されたのは1950年代です。「細胞のエネルギー源であるグルコースの誘導体を取り込ませれば、がん細胞の増殖を抑制できる」というアイデアは、もう70年も前に研究されており、グルコースの誘導体の抗腫瘍活性が検討され、2-DGに強い抗腫瘍効果があることが証明されています。
しかし、2-DGを使ったがん治療は、その後あまり注目されなかったようです。その理由の一つは、んの治療においては、「強い毒性をもった化合物を使ってがん細胞を一掃するような治療法」が1950年代以降は主流になっていたからだと思われます。 そのため、「エネルギー産生経路を阻害してがん細胞の増殖を低下させる」というようなアイデアは注目されなかったのかもしれません。

しかし、ワールブルグ効果が再評価されるようになり、がん細胞のエネルギー産生と物質合成を阻害する方法として、2-DGにも注目が集まるようになり、多くの動物実験で抗腫瘍効果が証明され、人間での臨床試験も実施されるようになったということです

◉ 2-デオキシ-D-グルコースはペントースリン酸経路を阻害する

解糖中間体は多くの生合成系へと流れていきますが、その一つがペントースリン酸経路です。 ペントースリン酸経路とは、解糖系の中間体のグルコース6リン酸から分岐し、同じく解糖系の中間体 グリセルアルデヒド3リン酸に戻る経路(回路)です。解糖系と同様に細胞質に存在する経路で、補酵素の一つであるNADPHを産生し、核酸の原料となるリボース5リン酸などの5単糖 (ペントース) を産生します。

NADPHは還元剤です。脂肪酸やステロイドの合成、抗酸化物質のグルタチオンやチオレドキシンの還元剤として使用されます。 解糖系はATPを産生します。ペントースリン酸経路はATP産生には関与せず、核酸の原料や還元剤(NADPH)の産生を行っています。 細胞が増殖するにはエネルギー(ATP)だけでなく、核酸や脂肪酸などの物質合成や、酸化ストレスを軽減する還元剤の需要も増えます。したがって、がん細胞では、解糖系とペントースリン酸経路が亢進しています。

2-デオキシ-D-グルコースはヘキソキナーゼとホスホグルコースイソメラーゼを阻害するので、グルコースの解糖系と同時にペントースリン酸経路を阻害してNADPHと5単糖 (ペントース)の産生を阻害します。(下図)


図:解糖系は1分子のグルコースが2分子のピルビン酸に分解される過程で2分子のATPが産生される(①)。グルコース6リン酸から派生するペントースリン酸経路(②)では、還元剤のNADPHが2分子産生され(③)、核酸合成の材料になるリボース5リン酸が産生される(④)。がん細胞ではグルコースの取込みが増え、解糖系とペントースリン酸経路が亢進して、細胞分裂のためのエネルギー(ATP)と物質合成(核酸、脂肪酸、NADPHなど)が亢進している。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)は、ヘキソキナーゼ(HK)で代謝されて2-DG-6リン酸(2-DG-6-PO4)に変換され(⑤)、2-DG-6-PO4はヘキソキナーゼ(HK)とホスホグルコースイソメラーゼ(PGI)を阻害する(⑥)ので、グルコースのペントース・リン酸経路での代謝を阻害する。。

◉ 2-デオキシ-D-グルコースはがん細胞の抗酸化力を弱める

2-デオキシ-D-グルコースはどのようにしてがん細胞の抗酸化力を弱めるのでしょうか。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はグルコースと同じトランスポーター(GLUT1)から細胞内に取り込まれます。がん細胞はGLUT1の発現量が増えており、2-DGはグルコースと同様に正常細胞よりがん細胞に多く取り込まれます。  

2-DGはがん細胞の解糖系を阻害するので、がん細胞の増殖速度を低下させる効果があります。高度に転移しやすい骨肉腫細胞をマウスに移植する実験系で、2-DGを投与すると増殖速度や転移能が低下し、生存期間が延長することが報告されています。  しかし、2-DG単独ではがん細胞を死滅させる作用は弱いと言わざるをえません。今まで動物実験や人間での研究が報告されていますが、2-DGの投与だけでは腫瘍を縮小させるような強い抗腫瘍効果は得られていません。  

しかし、がん細胞のエネルギー産生や物質合成の経路を阻害すると、抗がん剤や放射線に対するがん細胞の感受性が高まります。アルテスネイトなどによるフェロトーシス誘導も増強されます
抗酸化システムを高めるにはエネルギー(ATP)とペントースリン酸経路で産生される還元剤のNADPHが必要です。2-DGはATPとNADPHの両方の産生を低下します。つまり、抗酸化力を弱めるので、抗がん剤治療や放射線治療やフェロトーシス誘導療法の時に2-DGを併用すると、それらの抗腫瘍効果を高めることができます。  2-DGはがん細胞に多く取り込まれるので、がん細胞に選択的に抗酸化力を弱めることができます。  

進行した固形がんの患者における2-デオキシ-D-グルコースの単独およびドセタキセル併用の第1相用量増加試験の結果では、2-DGを抗がん剤治療と併用する場合の2-DG投与量の一つの目安として、1日に体重1kg当たり63mgという報告があります。 最近の臨床試験では、1日量として体重1kg当たり40〜60mgが使用されているようです。2-DGはグルコースと競合的に取込まれるため、糖質の摂取が少ない条件では2-DGの服用量を減らしても抗腫瘍効果が期待できます。つまり、糖質摂取を減らす食事を行えば2-DGの摂取量を減らせるということです。

◉ 2-デオキシ-D-グルコースはがん細胞に小胞体ストレスを引き起こす

2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はタンパク質のN-グリコシル化(N-glycosylation)を阻害します。 糖鎖異常を起こしたタンパク質は正常な折り畳み(3次構造)ができません。 小胞体(Endoplasmic reticulum)は、細胞内における分泌・膜タンパク質の品質管理において大切な小器官です。
折り畳みに失敗した異常なタンパク質は小胞体にとどまります。 このような正常な高次構造に折り畳まれなかった異常タンパク質が小胞体内に蓄積して、細胞への悪影響(=ストレス)が生じることを
小胞体ストレス(ERストレス:Endoplasmic reticulum stress)と言います。
小胞体ストレスの原因となる変性タンパク質は、遺伝子変異、ウイルス感染、炎症、有害化学物質、栄養飢餓、低酸素(虚血)などにより生じます。
変性タンパク質が過剰に蓄積し、小胞体ストレスの強さが細胞の回避機能を越えると、細胞死(アポトーシス)が誘導されます
小胞体ストレスはアルツハイマー病などの神経変性疾患などさまざまな疾患の原因となると考えられています。
 小胞体ストレスが生じると、細胞は小胞体ストレスを軽減する応答が発動します。これを
小胞体ストレス応答と言います。
小胞体に異常タンパク質が増えると、まず、タンパク質の翻訳(合成)を抑制します。さらに、折り畳み不全の異常タンパク質を正常化する分子シャペロンのGRP78と言うタンパク質の合成を亢進し、異常タンパク質の修復を行います。それでも異常タンパク質が減らなければ、異常タンパク質をプロテアソームで分解します。 しかし、小胞体ストレスが強度で長期に及んだり、小胞体ストレス応答が阻害されたりすると、細胞はアポトーシスのシグナルのスイッチが入り、自滅します。
2-DGは解糖系とペントースリン酸経路を阻害する以外に、タンパク質に糖鎖が着くN-グリコシル化の過程を阻害します。
 糖鎖異常の糖タンパク質は、折り畳みが不完全な異常タンパク質になり、小胞体に蓄積して小胞体ストレスを引き起こします。
2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)は小胞体ストレスを高めて免疫原性細胞死を増強する作用が報告されています

◉ 抗がん剤治療に2-DGを併用すると抗腫瘍免疫が誘導される

放射線やある種の抗がん剤でがん細胞が死滅すると、この死滅したがん細胞によって免疫細胞が刺激され、がん細胞に対する免疫応答が誘導されます。2-デオキシ-D-グルコースを併用すると、抗腫瘍免疫(がん細胞を排除する免疫応答)をさらに増強できることが報告されています。  

体を構成する正常細胞は毎日約200分の1の細胞がアポトーシスで死滅し、組織幹細胞が細胞分裂して組織の細胞を供給しています。このような生理的な死に対して、体が反応して炎症や免疫応答を行えば、大変なことになります。しかし、このような生理的な細胞死は炎症や免疫応答を引き起こさない死に方、すなわちアポトーシスで死滅するので、問題は起こりません。  

一方、何らかのダメージやストレスで細胞が傷害されたときは、それを認識して対応する必要があります。例えば、神経が熱や痛みを感じるようになっているのは、体に危害を与える傷害を認識してそれを避ける必要があるからです。同様に、細胞がダメージを受けたとき、そのような細胞からは通常であれば細胞内に隠れている成分が放出され、炎症細胞や免疫細胞を活性化するメカニズムが存在します。
  
このような炎症を引き起こす細胞内にある成分を
ダメージ関連分子パターン(damage-associated molecular patterns; DAMPs)と総称しています。細胞傷害に伴って細胞から放出され、周囲の組織や細胞に危険を知らせるアラームのような役割を担う因子のことです。   

DAMPsが細胞外や細胞膜上に露出するような細胞死が起こると炎症反応が引き起こされ、ダメージを受けた組織の修復が起こります。このメカニズムは自己免疫疾患などの慢性炎症性疾患の原因ともなります。しかし、抗がんや放射線を使ったがん治療の場合は、このダメージ関連分子パターン(DAMPs)を誘導する細胞死のメカニズムを利用すると、がん細胞を特異的に攻撃する抗腫瘍免疫を増強できることが知られています。
  

DAMPsは細胞質や核やミトコンドリアや小胞体などに存在する成分が放出されたもので、炎症細胞や免疫細胞を刺激します。死滅したがん細胞の表面にDAMPが露出していると、このDAMPが樹状細胞のような抗原提示細胞に認識され、さらに細胞傷害性T細胞を活性化して、がん細胞特異的な抗腫瘍免疫が誘導されるのです。  2-DGは解糖系を阻害する以外に、タンパク質に糖鎖が付くN-グリコシル化の過程を阻害するので、糖タンパク質の生成を阻害します。
グリコシル化というのはタンパク質に糖類が付加する反応で、小胞体で行われます。正常に糖が付加したタンパク質はゴルジ体に運ばれます。糖鎖異常の糖タンパク質は小胞体に蓄積して細胞内にストレス状態を引き起こします。これを
小胞体ストレスと言います。  このような状態で死滅すると死滅したがん細胞の細胞膜の表面にダメージ関連分子パターンが表出され免疫細胞を活性化する結果、抗腫瘍免疫が活性化されるということです。

2-DGと抗がん剤を併用した場合は、小胞体のカルレチキュリン(Calreticulin)というタンパク質が細胞膜上に露出して免疫原性を高めるという結果が報告されています。
 つまり、
抗がん剤治療や放射線治療やフェロトーシス誘導療法の際に2-デオキシ-D-グルコースを摂取すると、がん細胞の解糖系を阻害してエネルギー産生阻害の観点から抗腫瘍効果を高めると同時に、ダメージ関連分子パターンを誘導して、抗腫瘍免疫を増強し、免疫監視機構を介したがん細胞の排除も期待できるということになります


図:2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はグルコース(ブドウ糖)の2位のOHがHに変わっているグルコース類縁物質で、グルコースと同様にグルコーストランスポーター(GLUT1)によって細胞内に取り込まれる(①)。細胞内のヘキソキナーゼで2-DG-6リン酸(2-DG-6PO4)になるが、それから先の解糖系には進めない(②)。さらに2-DG-6リン酸はヘキソキナーゼを阻害するので、解糖系でのATP産生を阻害する(③)。2-DGは小胞体でのタンパク質のN-グリコシル化(糖鎖の結合による修飾)を阻害し、小胞体ストレスを引き起こす(④)。この状態で、抗がん剤や放射線でがん細胞にダメージを与えると(⑤)、小胞体のカルレチキュリンというタンパク質が死滅したがん細胞の細胞膜上に移行して(⑥)、「ダメージ関連分子パターン(danger-associated molecular patterns:DAMP)」として免疫細胞に認識され、抗腫瘍免疫が活性化される(⑦)。

 

2-DGと抗がん剤(シクロフォスファミドやエトポシドやアントラサイクリン系)の併用投与による抗腫瘍免疫応答を活性化する治療と、抗原提示細胞やCTLの活性を増強する治療を交互に、あるいは併用して行えば、免疫系による腫瘍細胞の排除ができる可能性が高くなります。
2-DGと抗がん剤を併用すると、小胞体のカルレチキュリン(Calreticulin)というタンパク質が細胞膜上に露出して免疫原性を高めるという結果が報告されています。以下のような報告があります。

Combination of glycolysis inhibition with chemotherapy results in an antitumor immune response.(抗がん剤治療に解糖系阻害を併用すると抗腫瘍免疫応答が引き起こされる)PNAS 109 (49): 20071-20076, 2012年



【要旨】

細胞のDNAにダメージを与える抗がん剤の多くは、抗腫瘍免疫を誘導する作用がある。解糖系の亢進はがん細胞の最も良く知られた特徴の一つである。そこで、解糖系を阻害する2-デオキシグルコース(2-DG)と細胞傷害性の抗がん剤を併用した場合、抗腫瘍免疫の誘導にどのような影響を及ぼすかを検討した。

2-DGと抗がん剤のエトポシドは、免疫機能の正常なマウスにおいては相乗的に作用して寿命を延長した。しかし、免疫機能不全のマウスに対しては寿命延長効果は認められなかった。
 2-DGとエトポシドの両方を投与したマウスにおいてのみ、がん細胞特異的なT細胞の十分な活性化が認められた。

さらに、2-DGとエトポシドの両方の処理によって死滅したがん細胞をマウスに免疫すると、同じ腫瘍の再度の移植に対して拒絶した。

この効果の少なくとも一部は、細胞膜上のERp57/calreticulinの出現が関連していた。
 これらの結果は、がん細胞の解糖系をターゲットにすると、死滅がん細胞による通常の免疫寛容誘発性の刺激を、腫瘍免疫誘発性の刺激に変換できることを示している
このメカニズムを利用すると免疫化学療法の新しい戦略を作りだすことができる。


小胞体(Endoplasmic reticulum)は、細胞内における分泌・膜タンパク質の品質管理において大切な小器官です。
カルレチキュリンは、小胞体内腔における主要なカルシウム結合(蓄積)タンパク質として機能する多機能タンパク質です。分子シャペロンとして分泌タンパク質の品質管理の働きも行っています。また核では転写調節の働きを行っています。


2-DGは解糖系とペントースリン酸経路を阻害する以外に、タンパク質に糖鎖が着くN-グリコシル化の過程を阻害するので、糖タンパク質の生成を阻害します。
グリコシル化というのはタンパク質に糖類が付加する反応で、小胞体で行われて、正常に糖が付加したタンパク質はゴルジ体に運ばれます。

糖鎖異常の糖タンパク質は小胞体に蓄積して小胞体ストレスを引き起こし、細胞死の原因にもなります。
2-DGの場合は、糖タンパク質のグリコシル化が阻害され、小胞体ストレスが起こり、その状態で死滅すると死滅した細胞の細胞膜の表面にカルチキュリンが移行してダメージ関連分子パターンとなり、免疫細胞を活性化する結果、抗腫瘍免疫が活性化されるということです


図:細胞がダメージを受けて死滅するとき、細胞内に存在する成分が放出されて炎症細胞や免疫細胞を刺激する。ミトコンドリアのATPや核のHMGB1(High-mobility group box 1 protein)は細胞外に放出されると樹状細胞を刺激する(①)。小胞体のカルレチキュリン(Calreticulin)は細胞表面に出て、樹状細胞に認識され、貪食のシグナルとなり、がん抗原を提示する働きを活性化する(②)。
2-DG(2-デオキシ-D-グルコース)は、タンパク質に糖鎖が着くN-グリコシル化の過程を阻害するので、糖鎖異常の糖タンパク質が小胞体に蓄積して小胞体ストレスを引き起こす(③)。小胞体ストレスの高い状態で放射線や抗がん剤でがん細胞が死滅するとカルレチキュリンが多く露出した死細胞となる(④)。このような免疫応答を引き起こしやすい細胞死を「免疫原性細胞死」という(⑤)。放射線治療や抗がん剤治療に2-DGを使用すると免疫原性細胞死を誘導してがん抗原に特異的な抗腫瘍免疫を高めることができる。

 

◉ 2-デオキシ-D-グルコースは抗がん剤治療や放射線治療の効き目を高める

2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はがん細胞の解糖系を阻害するので、がん細胞の増殖速度を低下させる効果がありますが、2-DG単独ではがん細胞を死滅させる作用は弱いと言わざるをえません。
今まで、動物実験や人間での研究が報告されていますが、2-DGの投与だけでは十分な抗腫瘍効果は得られていません。がん細胞のグルコースを完全に枯渇させることが現実的に困難だからです。
しかし、がん細胞のエネルギー産生や物質合成の経路を阻害すると、抗がん剤や放射線に対するがん細胞の感受性が高まります。つまり、抗がん剤治療や放射線治療の時に2-DGを服用すると、それらの抗腫瘍効果を高めることができます。以下のような報告があります。

A phase I dose-escalation trial of 2-deoxy-D-glucose alone or combined with docetaxel in patients with advanced solid tumors.(進行した固形がんの患者における2-デオキシ-D-グルコースの単独およびドセタキセル併用の第1相用量増加試験) Cancer Chemother Pharmacol. 71(2):523-30, 2013年
【論文内容の要約】
この第1相試験は、進行した固形がんの患者34人を対象にして、解糖系阻害剤の2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)の単独およびドセタキセルを併用した場合の、安全性と薬物動態と最大耐用量(患者が耐えられる最大投与量)を評価する目的で実施された。 最大耐用量の基準に相当する用量制限性毒性は認めなかった。 最も多い副作用は倦怠感、発汗、めまい、吐き気であり、2-DG投与で予想される低血糖の症状と類似していた。 63mg/kgを臨床的耐用量と決定した。63-88 mg/kgの投与でみられた最も重要な副作用は高血糖(100%)、消化管出血(6%)、可逆性のグレード3の心電図上のQTc延長(22%)であった。 12例(32%)は病状安定(stable disease)、1例(3%)は部分奏功、22例(66%)は病状進行であった。2DGとドセタキセルの薬物動態において相互作用は認めなかった。 結論:週1回のドセタキセル投与との併用療法における2GDの推奨投与量は63mg/kg/day であった。

2-DGを抗がん剤治療と併用する場合の2-DG投与量の一つの目安として、1日に体重1kg当たり63mgという報告です。2-DGはグルコースと競合的に取込まれるため、糖質の摂取が少ない条件では、2-DGの服用量を減らしても抗腫瘍効果が期待できます。つまり、糖質制限食やケトン食を行えば、2-DGの摂取量をかなり減らせます。
2-DGとの併用で効果増強が報告されている抗がん剤として、上記のドセタキセル以外に、ドキソルビシン、5-フルオロウラシル、トラスツズマブ(Trastuzumab;商品名はハーセプチン)、シクロフォスファミドなどもあります。いずれも、それぞれの抗がん剤単独の場合より、2-DGを併用すると抗腫瘍効果が増強することが報告されています。
また、放射線治療との併用においても、2-DGが放射線治療の効果を増強することが報告されています。
多くの臨床試験の結果から、2-DGは1日に体重1kg当たり40〜60mgを服用するのが妥当です。糖質制限やケトン食を実践しているときは1日に体重1kg当たり20〜30mg(体重50kgで1日1〜1.5g)の服用で抗腫瘍効果が期待できます。

◉ 2-デオキシ-D-グルコースは抗がん剤治療や放射線治療の副作用を軽減する

2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)は抗がん剤や放射線に対するがん細胞の感受性を高めるだけでなく、抗がん剤や放射線による正常細胞のダメージを軽減する効果があるという報告があります。
以下のような報告があります。

Protection of normal cells and tissues during radio- and chemosensitization of tumors by 2-deoxy-D-glucose. (2-デオキシ-D-グルコースはがん組織の放射線感受性と抗がん剤感受性を高め、正常細胞と組織のダメージを軽減する)J Cancer Res Ther. 2009 Sep;5 Suppl 1:S32-5.

【要旨】
正常組織への毒性はがん治療における重要な制限因子の一つである。正常組織や重要臓器に対するダメージが大きくなるため、抗がん剤や放射線照射の用量を増やすことができない。そのため治療効果も弱くなる。
グルコース類縁体の2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)は、解糖系を阻害してATP産生を阻害する作用があり、がん細胞に対する抗がん剤や放射線治療の感受性を高めることが、多くのがん細胞種において認められている
さらに、正常細胞に対しては、放射線や抗がん剤からのダメージを軽減することが報告されている。
この総説では、正常細胞や正常組織を抗がん剤や放射線から保護する2-DGの作用機序を考察し、このグルコース類縁体ががん治療において有用な補助療法である根拠を示す。

がん細胞は正常細胞に比べてグルコース(ブドウ糖)の取込みが多く、ATP産生や細胞分裂するための物質合成に大量のグルコースを必要としています。したがって、グルコースの取込みや利用を妨げれば、ATP産生や物質合成が低下し、抗がん剤や放射線治療の効き目が高くなります。
がん細胞はグルコーストランスポーターを多く発現しているので、2-DGの取込みも多く、2-DGによるグルコース代謝の阻害作用が著明に現れます。 培養細胞を使った実験や動物にがん細胞を移植した動物実験で、2-DGを投与すると抗がん剤や放射線治療の治療効果が高まることが多くの実験系で確認されています。
さらに動物実験で、2-DGが脳や心臓に対する抗がん剤や放射線のダメージを軽減する作用が認められています。その作用機序についてはまだ十分に解明されていませんが、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化やオートファジーの阻害など複数のメカニズムが示唆されています。
以下のような報告があります。

Caloric restriction mimetic 2-deoxyglucose antagonizes doxorubicin-induced cardiomyocyte death by multiple mechanisms.(カロリー制限と同様の作用がある2-デオキシグルコースはドキソルビシンによる心筋細胞死を複数のメカニズムで阻止する)J Biol Chem. 2011 Jun 24;286(25):21993-2006.

【要旨】
食事からのカロリー摂取を減らすカロリー制限が心血管系の健康状態を良くすることが知られている。グルコース類縁物質の2-デオキシ-D-グルコースはカロリー制限と同様の作用を示すことが複数の動物実験で報告されている。しかしながら、2-DGが心機能に有益な作用を示すかどうかはまだ不明である。
この研究では、抗がん剤で副作用として心筋障害を引き起こすドキソルビシンの投与で引き起こされる心筋細胞死に対して2-DGが抑制作用を示すかどうかを検討した。

新生児ラットの心筋細胞を0.5mMの2-DGで処理すると、ドキソルビシンで誘導される心筋細胞のダメージや細胞死を顕著に抑制した。
2-DGは細胞内ATP量を17.9%低下させたが、ドキソルビシンによって引き起こされる著明なATP枯渇は阻止し、これが2-DGによる心筋細胞死の抑制に寄与していると考えられた。

さらに、2-DGはAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性を高めた。AMPKシグナルの阻害剤(compound Cまたは干渉RNA)を投与すると、2-DGの心筋細胞保護作用は阻止された。
逆に、薬や遺伝子的方法でAMPK活性を増強すると、ドキソルビシンの心筋細胞障害は抑制された。2-DGとAMPK活性化剤を併用すると相加効果は認めなかった(注:両方とも同じ機序でドキソルビシンによる心筋障害を抑制するので、併用しても相加や相乗効果は得られないということ)

さらに2-DGはオートファジー(自食作用)を誘導するが、このオートファジーは細胞内タンパク質の分解であり、その活性化は細胞の状況によって良い場合(細胞障害から保護する)と悪い場合(細胞障害を悪化する)がある。
2-DGはオートファジーを活性化するが、ドキソルビシンによって引き起こされる細胞障害性のオートファジーは阻止した。

以上のことから、カロリー制限と同様な作用を示す2-DGはドキソルビシンで誘導される心筋細胞のダメージや細胞死を阻止することが明らかになり、その作用機序としては、ATP量の維持、AMPKの活性化、ドキソルビシンによって誘導されるオートファジーの阻害など複数のメカニズムが関与していることが示唆された。

以上のように、2-DGはがん細胞の増殖を抑制し、がん細胞の抗がん剤感受性や放射線感受性を高め、正常細胞に対しては抗がん剤や放射線のダメージから守る作用があります。 また、抗がん剤や放射線治療に2-DGを併用すると抗腫瘍免疫を誘導できます。
がんや感染症に対する免疫応答で重要な記憶キラーT細胞(memory CD8+T cell)の働きを高めるという報告もあります。以下のような論文があります。

Inhibiting glycolytic metabolism enhances CD8+ T cell memory and antitumor function.(解糖系の阻害はCD8+ Tリンパ球の記憶と抗腫瘍作用を亢進する)J Clin Invest. 2013 Oct 1;123(10):4479-88.

抗原と出会う前のT細胞はナイーブT細胞といわれ、この状態では特に何も仕事をしません。 樹状細胞による抗原提示によって活性化されると、ナイーブT細胞は増殖してエフェクターT細胞という仕事をする細胞になります。エフェクター細胞は、病原体やがん細胞を攻撃します。
エフェクター細胞の多くは死滅しますが、一部が
メモリーT細胞として残り、長期にわたって体内に維持され、抗原に出会うと直ぐにエフェクター細胞(細胞傷害性T細胞)になって、抗原特異的な免疫応答を起こします。
2-DGはこのメモリーT細胞の数を増やし、抗腫瘍免疫を高めるという報告です。

T細胞のエネルギー産生は、増殖の盛んなエフェクターT細胞では解糖系への依存が高く、増殖活性の低いナイーブT細胞とメモリーT細胞では解糖系への依存は低く、脂肪酸の燃焼によるエネルギー産生に依存しているという特徴があり、そのため、解糖系を阻害する2-DGは免疫記憶を高めるというメカニズムです。

以上のように、2-DGは様々なメカニズムで抗腫瘍作用を示し、特に抗がん剤や放射線治療との併用で、抗腫瘍効果を高めるだけでなく、正常細胞を保護する作用もあるので、がん治療の補完として利用価値は高いと言えます。適切な量を使用すれば抗老化にも有効です。2-DGは老化の進行を遅くしたり寿命を延ばす可能性も報告されています。

◉ 2-デオキシ-D-グルコースの服用量と毒性

2DGの毒性に関しては、マウスの実験では50%致死量は2g/kg以上という報告があります。(Cent Eur J Biol. 5:739–748. 2010年)
人での検討では200mg/kgくらいまでは投与できるという報告があります。
抗がん剤との併用において1日体重1kg当たり40〜60mg程度の投与量が推奨されています
長期投与の安全性は十分に検討されていないため、がんの再発予防の目的ではまだ推奨できませんが、進行がんの治療の目的で抗がん剤などとの併用など短期間の使用に関しては問題無いようです。
2DGとグルコースが競合してがん細胞のエネルギー代謝を阻害するため、糖質制限でグルコースの摂取量を減らせば、2DGは少ない量で阻害作用を発揮できます。ケトン食に2DGを併用すると、がん細胞のグルコース枯渇状態を増強できます。
最も多い副作用は高血糖です。2-DGは細胞内のグルコースの濃度を低下させます。脳の視床下部の神経細胞が細胞内グルコースの低下を感知すると、低血糖状態と勘違いして、脳下垂体のホルモン分泌を制御して血糖を高めるホルモンや伝達物質を出すようになるため高血糖になるようです。一方、服用量が多いと低血糖のような症状(倦怠感や脱力)を感じます。
がん細胞の多く取込まれるため、低血糖症状が起こらないレベルで服用量を調節することが重要です。
2-デオキシ-D-グルコースは1g当たり500円程度で購入できます。体重60kgの場合、60mg/kg/日の投与量だと1ヶ月に5万円程度の費用になりますが、糖質制限やケトン食との併用であれば、その半分から3分の1程度に減らしても十分に効果は期待できるため、進行がんの治療に試してみる価値はあります。

◉ 2-デオキシ-D-グルコースとメトホルミンの相乗効果

2-デオキシ-D-グルコースは解糖系を阻害することによってATP産生を阻害します。経口糖尿病薬のメトホルミンはミトコンドリアの呼吸酵素を阻害してATPの産生を阻害する作用が知られています。
がん細胞のエネルギー産生経路を2-デオキシ-D-グルコースとメトホルミンで二重阻害すると抗腫瘍効果が増強することがマウスを使った移植腫瘍の実験で示されています。以下のような報告があります。

Dual inhibition of Tumor Energy Pathway by 2-deoxy glucose and metformin Is Effective Against a Broad Spectrum of Preclinical Cancer Models(2-デオキシグルコースとメトホルミンによる腫瘍細胞のエネルギー産生経路の2重の阻害は、多くの前臨床の動物実験モデルにおいて効果がある) Mol Cancer Ther. 10(12): 2350-2362, 2011年

この研究はテキサス大学のMDアンダーソンがんセンターの研究グループからの報告です。 様々な種類のがん細胞をマウスに移植した実験モデルを用いて、2-デオキシグルコース(2-DG)とメトホルミンを同時に投与すると、抗腫瘍効果が相乗的に高まることを報告しています。
2-DGとメトホルミンはそれぞれ単独では抗腫瘍効果は強くはありませんが、併用すると強い抗腫瘍効果が得られるという結果です。 培養がん細胞を用いた実験では、2-DGで解糖系を阻害しても、がん細胞を死滅させるだけの効果はありませんが、メトホルミンを同時に投与すると、がん細胞は死滅しました。 マウスの移植腫瘍の実験系でも、2-DGとメトホルミンを同時に投与すると、がん組織が著明に縮小しました。

がん細胞が増殖するためには、増殖のシグナルと、エネルギー産生と物質合成のための材料が必要です。
増殖シグナル伝達系は、インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)とそれらの受容体の結合によって刺激されるPI3K/Akt/mTORC1伝達系 が重要です。
メトホルミンはミトコンドリアの呼吸鎖(電子伝達系)を阻害してATP産生を阻害する作用がありますが、さらにAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化してmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的蛋白質複合体-1)の活性を阻害することによってがん細胞の増殖を阻害します。
一方、2-DGはグルコースの解糖系とペントース・リン酸経路での代謝を阻害することによって、エネルギー産生と物質合成を抑制し、その結果、がん細胞の増殖が抑えられます
すなわち、2-DGとメトホルミンの同時投与は、がん細胞のエネルギー産生と物質合成と増殖シグナル伝達を効率的に阻害することによって、がん細胞の増殖を阻害することができるのです

アルテスネイトなどを用いたフェロトーシス誘導療法でも、2-DGとメトホルミンの併用は、抗酸化力を低下させ、フェロトーシス誘導を増強します。


図:2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)が細胞内でリン酸化されてできる2-DG-6-リン酸は解糖系を阻害してエネルギー産生を低下させる。メトホルミンはAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、AMPKは哺乳類ラパマイシン標的蛋白質複合体1(mTORC1)の活性を阻害して、がん細胞の増殖を抑制する。さらに、ミトコンドリアにおける呼吸鎖(電子伝達系)を阻害してATPの産生を低下させ、がん細胞の増殖を抑制する。。

 

◉ メトホルミンはAMPKを活性化してがん細胞の増殖を抑制する

メトホルミン(metformin)は2型糖尿病の治療薬(ビグアナイド系経口血糖降下剤)ですが、がんの予防や治療の分野でも注目されており、がん予防効果やがん細胞の抗がん剤感受性を高める効果などが数多くの論文で報告されています。
メトホルミンは、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を介した細胞内信号伝達系を刺激することによって糖代謝を改善します。すなわち、筋・脂肪組織においてインスリン受容体の数を増加し、インスリン結合を増加させ、インスリン作用を増強してグルコース取り込みを促進します。さらに肝臓に作用して糖新生を抑え、腸管でのブドウ糖吸収を抑制する作用があります。これらの作用はインスリンの血中濃度を低下させます。インスリンはがん細胞の増殖を促進するので、インスリンの血中濃度を減らすだけで、がん細胞の増殖を抑制する効果があります。
さらに、AMPKはインスリンおよびインスリン様成長因子-1(IGF-1)によって活性化されるPI3K/Akt/mTORC1シグナル伝達系のmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1: mammalian target of rapamycin complex 1)の活性を阻害します。
また、HMG-CoA還元酵素とアセチルCoAカルボキシラーゼを阻害することによって脂質合成を阻害します

図:AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)は細胞のエネルギー代謝を調節する因子として重要な役割を担っている。 AMPKは低グルコースや低酸素や虚血など細胞のATP供給が枯渇させるようなストレスに応答して活性化される。 AMPKは触媒作用を持つαサブユニットと、調節作用を持つβサブユットとγサブユニットから構成されるヘテロ三量体として存在する。
γサブユニットにはATPが結合しているが、ATPが枯渇してAMP/ATP比が上昇すると、γサブユニットに結合していたATPがAMPに置き換わる。その結果、アロステリック効果(酵素の立体構造が変化すること)によってこの複合体は中等度(2〜10倍程度)に活性化され、上流に位置する主要なAMPKキナーゼであるLKB1に対して親和性が高くなり、LKB1によってαサブユニットのスレオニン-172(Thr-172)がリン酸化されると、酵素活性は最大に活性化される。 LKB1はセリン・スレオニンキナーゼで、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)をリン酸化して活性化する。
リン酸化されたAMPKはmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)を抑制し、タンパク質や脂肪酸の合成を抑制して、がん細胞の増殖を抑制する。

 

◉ メトホルミンと2-デオキシ-D-グルコースの処方について

メトホルミンは1錠(250mg)が50円(消費税込み)です。体重や治療の状況や病状に応じて1日に2錠から6錠を服用します。
2-デオキシ-D-グルコースは厚労省(関東信越厚生局)から薬監証明を取得して中国から輸入して医薬品として処方しています。60g が36,000円(消費税込み)で処方しています。
1日に体重1kg当たり40mgから60mgをを服用します。体重50kgで1日に2gから3gを服用します。
メトホルミンと2-デオキシ-D-グルコースに関するご質問やお問い合わせは、メール(info@f-gtc.or.jp)か電話(03-5550-3552)でご連絡ください。