断酒薬ジスルフィラムはがん細胞の酸化ストレスを高める

アルコール中毒の治療薬として使用されているジスルフィラムは、様々なメカニズムで細胞内の酸化ストレスを高めます。異常タンパク質の分解を阻害して小胞体ストレスを高める作用もあります。これらの作用はフェロトーシスに対するがん細胞の抵抗力を弱めます。ジスルフィラムがフェロトーシス誘導を促進する理由を解説します。

◉ アルデヒド脱水素酵素はがん幹細胞に多く発現している

アルデヒド脱水素酵素というタンパク質ががん幹細胞の酸化ストレスを軽減する役割を担っていることを説明します。酸化ストレスを軽減する作用はフェロトーシス抵抗性に加担します。  
飲酒するとエチルアルコール(エタノール)はアルコール脱水素酵素アセトアルデヒドに代謝されます。アセトアルデヒドは毒性が強く、細胞や組織にダメージを与え、二日酔いや発がんの原因になります。そこで体は、アルデヒド脱水素酵素によってアセトアルデヒドを無害な酢酸に変換しています(下図)。

図:エチルアルコールはアルコール脱水素酵素でアセトアルデヒドに代謝され、アセトアルデヒドはアルデヒド脱水素酵素によって酢酸に代謝される。

がん幹細胞は、がん細胞を生み出すもとになる細胞であり、がん組織中に少数(数%程度)存在しています。抗がん剤治療や放射線治療に対して、成熟したがん細胞は死滅しやすいのですが、がん幹細胞は様々な機序で抵抗性を示します。  
がん幹細胞のマーカーの一つが、がん幹細胞で多く発現しているアルデヒド脱水素酵素(aldehyde dehydrogenase:ALDH)です。細胞にとってアルデヒドは毒性があるので、アルデヒドを早く代謝するためにアルデヒド脱水素酵素(ALDH)が必要なのです。     

この酵素の発現が多いがんほど増殖が早く予後が悪いことが報告されています。ALDH活性を阻害するとがん細胞の増殖や転移を抑制でき、抗がん剤の効き目を高めることができます。
アルデヒド脱水素酵素(ALDH)は、内因性および外因性のアルデヒド性物質を解毒する役割を担っています。内因性のアルデヒドはアミノ酸やアルコールや脂肪酸やビタミンの代謝の過程で発生します。外来性のアルデヒドは環境中の成分や薬物(タバコの煙、自動車の排気ガス、細胞毒性のある医薬品など)などから由来します。アルデヒド脱水素酵素はこれらのアルデヒドを解毒する働きがあるのです。

ALDHはがん幹細胞に多く発現し、がん幹細胞における自己複製、分化、細胞保護に関与しています。ALDHの過剰発現および活性亢進は、乳がん、肺がん、食道がん、大腸がん、胃がんなど多くのがん種で、がん患者の予後不良と密接に関連しています。また、ALDHの活性が高いがん細胞は多くの抗がん剤や放射線照射に抵抗性になることが明らかになっています。  ALDHは細胞内のアルデヒドを酸化することによってがん細胞内の酸化ストレスを軽減しています。つまり、ALDHを阻害すると酸化ストレスが亢進することになります。

◉ ジスルフィラムはアルデヒド脱水素酵素を阻害する

ジスルフィラム(Disulfiram)は、加硫促進剤(ゴム製品の製造過程で使用される化学物質)や寄生虫疾患の治療薬(軟膏)など様々な領域で利用されている汎用性の高い物質です。
ゴム処理労働者や疥癬患者が、アルコール飲料を飲んだあとに極めて強い有害反応を経験することが知られ、その原因がゴム処理過程で使用する加硫促進剤や疥癬の治療薬に含まれるチウラム・ジスルフィド(thiuram disulfides)に曝露したことであることが、70年以上前に明らかになりました。
この発見により、ジスルフィラムは断酒薬として有用であることが示され、アルコール中毒の治療薬として認可され、60年間以上前から処方薬として使用されています。アルコールを飲むと強い副作用が出ますが、飲酒しなければ極めて副作用の少ない薬です。 


アルデヒド脱水素酵素の阻害剤であるジスルフィラムは、アルコールの代謝でできるアセトアルデヒドの分解を阻害することによってアセトアルデヒドの有害な症状が出るので、アルコールを飲めなくするのです。ジスルフィラムはALDHの多くのアイソフォームを不可逆的に阻害します。  ジスルフィラムを経口摂取すると、消化管内および血液内で1分子のジスルフィラムは2分子のジエチルジチオカルバミン酸(diethyldithiocarbamate)に速やかに変換され、さらにジエチルチオカルバミン酸メチルエステル・スルホキシド(diethylthiocarbamic acid methyl ester sulfoxide)に代謝されます。ジスルフィラムのこの代謝物は、アルデヒド脱水素酵素(ALDH)の酵素活性部位のスルフヒドリル基(-SH)と反応してALDHの酵素活性を強力に阻害します。(下図)

図:ジスルフィラムを経口摂取すると、消化管内および血液内で1分子のジスルフィラムは2分子のジエチルジチオカルバミン酸に変換される(①)。ジエチルジチオカルバミン酸は、さらにジエチルチオカルバミン酸メチルエステル・スルホキシドに代謝される(②)。ジエチルチオカルバミン酸メチルエステル・スルホキシドは、アルデヒド脱水素酵素(ALDH)の酵素活性部位のシステインのスルフヒドリル基(-SH)と反応してALDHに結合し、ALDHの酵素活性を阻害する(③)。

◉ ジスルフィラムはがん細胞の酸化ストレスを高める

ジスルフィラムの抗がん作用は、1970年代ころから研究されています。がん幹細胞ではアルデヒド脱水素酵素は重要な働きをしており、この酵素を阻害するとがん細胞の抗がん剤感受性が亢進することが明らかになっています。

ジスルフィラムはタンパク質のシステインに反応してタンパク質の働きを阻害する機序によって、アルデヒド脱水素酵素だけでなく、プロテインキナーゼCやP糖タンパク質やDNAメチルトランスフェラーゼなど様々ながん促進性のタンパク質を阻害します。  
ジスルフィラムの代謝物は銅イオンや亜鉛イオンと複合体を形成するため、細胞内の重金属イオンの貯蔵量を減らします。その結果、スーパーオキシド・ディスムターゼ(酸化ストレスから細胞を保護する)やマトリックス・メタロプロテイナーゼ(がん細胞の浸潤や転移を促進する)のような酵素活性に亜鉛や銅が必要な酵素の活性を阻害する作用があります。  
ジスルフィラムの抗腫瘍効果は2価重金属の存在下で強く現れます。がん細胞内には正常細胞よりもこのような2価の重金属(銅や亜鉛)が多く存在するので、ジスルフィラムの毒性はがん細胞に強くでます。  ジスルフィラムと銅イオンの複合体内における1価の銅イオンCu(I)と2価の銅イオンCu(II)の酸化還元サイクルは、グルタチオンの酸化と過酸化水素の産生を引き起こし、細胞内の酸化ストレスを高めることになります。(下図)

図:ジスルフィラムの代謝産物のジエチルジチオカルバミン酸は2価の重金属(銅や亜鉛)と複合体を形成する。その結果、細胞内の重金属イオンの貯蔵量を減らし、酵素活性に亜鉛や銅が必須の酵素の活性を阻害する。また、ジスルフィラムと銅イオンの複合体内における1価の銅イオンCu(I)と2価の銅イオンCu(II)の酸化還元サイクルは、グルタチオン(GSH)の酸化と過酸化水素(H2O2)の産生を引き起こして細胞内の酸化ストレスを高める。がん細胞内には正常細胞よりもこのような2価の重金属が多く存在するので、ジスルフィラムの毒性はがん細胞に強く出る。

◉ ジスルフィラムはプロテアソームを阻害する

ジスルフィラムはがん細胞の酸化ストレスを高めるだけでなく、タンパク質の分解も阻害します。タンパク質分解の阻害がフェロトーシス誘導を増強する理由を解説します。

プロテアソーム(Proteasome)は複数のサブユニットから成る酵素複合体で、細胞内で不要になったタンパク質を分解する役割を担っています。細胞内のタンパク質は秩序だった分解を受けますが、これに関与する分解系がユビキチン依存性プロテアソーム系です。  
プロテアソームで分解されるためには標的タンパク質に特定の目印が付かなければなりませんが、この目印の代表がユビキチンです。ユビキチンはアミノ酸76個から成るポリペプチドで、標的タンパク質のリジン残基に結合します。ユビキチンは種を超えて極めて保存性の高いタンパク質です。  

プロテアソームによるタンパク質分解は、細胞周期を遂行するうえで必須であるため、プロテアソームの働きを阻害するとがん細胞は細胞分裂が阻害されて死滅します。増殖や代謝の盛んな細胞ほどプロテアソームによるタンパク質分解活性が高く、がん細胞ではプロテアソームの発現が亢進し、高いプロテアソーム活性を有することが知られています。
プロテアソーム阻害剤としてベルケード(一般名 「ボルテゾミブ」)があります。ベルケードは、化学療法に抵抗性になった難治性の多発性骨髄腫の治療薬として認可されています。 細胞内でタンパク質を分解するユビキチン・プロテアソーム系の阻害はがん治療のターゲットとして研究されています。
プロテアソームの阻害作用を有する薬剤の大規模スクリーニングの結果、ジスルフィラムがプロテアソーム阻害活性を有することが明らかになっています。  
その作用機序として、ジスルフィラムがp97セグレガーゼのアダプターNPL4に作用してユビキチン・プロテアソーム系でのタンパク質分解過程を阻害することによって、がん細胞を死滅するというメカニズムが報告されています。  p97はタンパク質の分解を行っているユビキチン・プロテアソーム系で重要なタンパク質です。p97はユビキチン化されたタンパク質を、そのタンパク質と結合している他のタンパク質から引き離す働きをしています。ジスルフィラムはp97のアダプターのNPL4に作用してp97の働きを阻害し、ユビキチン・プロテアソーム系でのタンパク質の分解を阻害することによって、抗がん作用を発揮しているというメカニズムです。  
ジスルフィラムは多くの物質に作用するので、p97のアダプターのNPL4もターゲットの一つと考えられます。前述のようにジスルフィラムはアルデヒド脱水素酵素も阻害します。その他にもターゲット分子が知られています。

◉ ジスルフィラムは小胞体ストレスと酸化ストレスを亢進する

小胞体ストレスとは、正常な高次構造にフォールディング(折り畳み)されなかったタンパク質(変性タンパク質)が小胞体に蓄積し、それにより細胞への悪影響(ストレス)が生じることです。
小胞体ストレスは細胞の正常な生理機能を妨げるため、細胞にはその障害を回避し恒常性を維持する仕組みが備わっています。この小胞体ストレスに対する細胞の反応を小胞体ストレス応答といいますが、変性タンパク質が過剰に蓄積し小胞体ストレスの強さが細胞の回避機能の能力を越えると細胞死が誘導されます。
ジスルフィラムは小胞体ストレスを亢進して、がん細胞の細胞死を誘導する作用が指摘されています。 ジスルフィラムはプロテアソームでのタンパク分解を阻害し、さらに活性酸素の産生を増やします。酸化ストレスはさらに変異タンパク質を増やします。したがって、酸化ストレスと小胞体ストレスの両方を増大させて細胞死を促進するというメカニズムです。(図)

図:リボソームで合成されたタンパク質は小胞体で折り畳みや翻訳後修飾を受けて正常な機能を持ったタンパク質になる(①)。小胞体内で折り畳み不全のタンパク質が増えると小胞体ストレスを引き起こし(②)、異常タンパク質の凝集と蓄積が増えると(③)、細胞死が起こる(④)。細胞はオートファジー(⑤)とユビキチン・プロテアソーム系(⑥)で異常タンパク質を分解することによって小胞体ストレスを軽減する。ジスルフィラムはプロテアソームでのタンパク分解を阻害する(⑦)。さらに、ジスルフィラムは活性酸素の産生を増やし(⑧)、酸化ストレスを亢進して変異タンパク質を増やし(⑨)、さらに細胞死を促進する(⑩)。

ω3系不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)は、ジスルフィラムの抗がん作用を増強することが報告されています。培養がん細胞を使った実験と移植腫瘍を使った動物実験の両方で、ジスルフィラムおよびDHAを単独で使用した場合と比較して、ジスルフィラムとDHAの同時投与はより強くがん細胞の増殖を抑制し、細胞死を誘導しました。この相乗効果はDHAによる酸化ストレス亢進をジスルフィラムが増強するためと考えられました。
同様に、酸化ストレスを高めてがん細胞を死滅する治療法(抗がん剤、放射線治療、アルテスネイト、2-デオキシ-D-グルコース、メトホルミンなど)にジスルフィラムを併用すると、細胞死誘導効果を増強できます。

◉ ジスルフィラム服用時の注意

ジスルフィラム服用中は飲酒はできません。奈良漬けのようなアルコールの入った食品も食べられません。アルデヒド脱水素酵素を阻害して肝臓におけるエタノール代謝を阻害し、悪酔いの原因となるアセトアルデヒドを体内に蓄積させます。
アルコールに対する感受性はジスルフィラム服用後少なくとも14日間は持続します。つまり、ジスルフィラムの服用を中止して2週間以上経過しないとアルコールは摂取できません。

抗がん剤のパクリタキセルは溶解剤としてエタノールを用いていますので、パクリタキセル治療中はジスルフィラムは使用できません。他にもアルコールで溶解する抗がん剤があるので、点滴による抗がん剤治療を受けているときには、溶解剤などとしてエタノールを使用していないことを確認する必要があります
アルコールを使用した抗がん剤を使用する場合はジスルフィラムを2週間以上中止してからになります。将来的に使用する可能性がある抗がん剤についても考慮する必要があります。  

アルコールを摂取しなければ、ジスルフィラムは極めて安全性の高い薬です。確実な抗がん作用があり、がんの代替療法として試してみる価値は高いと言えます。

 ジスルフィラムに関するご質問やお問い合わせは、メール(info@f-gtc.or.jp)か電話(03-5550-3552)でご連絡ください。