スルファサラジンは細胞内グルタチオンの量を減らす

グルタチオンは細胞内に高濃度で存在し、活性酸素やフリーラジカルを消去します。グルタチオンを合成する材料になるシスチンを細胞内に取り込むシスチン・トランスポーターの働きが阻害されると、細胞内グルタチオンレベルが低下します。潰瘍性大腸炎の治療に使われているスルファサラジンはシスチン・トランスポーターを阻害する作用があり、がん細胞内のグルタチオンの濃度を低下するので、フェロトーシスを促進する目的で使用できます。

◉ 酸素と鉄が細胞膜を傷害する

フェロトーシスによる細胞死は、細胞膜の過酸化脂質の蓄積によって起こります。細胞はグルタチオングルタチオン・ペルオキシダーゼなどの抗酸化システムを使って脂質の酸化を防いでいます。細胞膜の脂質の酸化を防ぐメカニズムについて説明します。  

生物とは生命活動を行うことができる生き物です。「外界と膜で仕切られた細胞からできている」、「DNAを持って自分の複製を作ることができる」、「外界から栄養分を取り入れてエネルギーを産生し、物質を分解したり、合成したりする代謝を行う」といった特徴を持っています。さらに、「進化することができる」という特徴を加える意見もあります。

地球上の初期の生物は酸素のない状態で進化しました。地球が誕生したのは約46億年前で、その地球に最初の生命(=生物)が出現するのは8億年後の今から約38億年前です。最初の生物は、はっきりした核を持たない(核膜をもった核が無い)原核生物です。これらの生物は海の中を漂う有機物を利用し、酸素を使わずに生息していました。  
約25億年前に光合成を行う藍藻(シアノバクテリア)が登場します。それまで地球上には酸素は存在しませんでしたが、そこに太陽光エネルギーを使って無機物である二酸化炭素と水からグルコース(ブドウ糖)などの有機物を作り出し、酸素を放出するという光合成を行う真正細菌のシアノバクテリアが出現しました。この酸素放出型光合成を行う生物の出現によって、それまで無酸素状態だった地球大気に大量の酸素分子が放出され、最終的に現在の大気は21%の酸素濃度に達しています。   

初期の生物の細胞膜は単純な飽和脂肪酸で構成されていたと思われますが、やがて不飽和脂肪酸が細胞膜に利用されるようになります。細胞膜の不飽和脂肪酸は膜流動性を高めることを可能にし、生物が進化するために必要だったためです。温度が低い状態で細胞膜の流動性を維持するためには不飽和脂肪酸が不可欠です。  
しかし、不飽和脂肪酸を有する細胞膜で構成される生物にとって大気中の大量の酸素の出現は、極めて困難な出来事でした。なぜなら、不飽和脂肪酸は酸素の存在下で脂質過酸化を受けやすいからです。そしてこの過酸化反応は2価金属、特に2価の鉄イオン(Fe2+)によって劇的に加速されます。
そこで、生物は酸素と鉄イオンによる細胞膜の酸化傷害を阻止するために、グルタチオンとグルタチオン・ペルオキシダーゼによる抗酸化システムを発達させました

◉ 還元型グルタチオンが活性酸素やフリーラジカルを消去する

グルタチオン(Glutathione)というのは、グルタミン酸システイングリシンの3つのアミノ酸が結合したペプチドです。γ-グルタミルシステイン合成酵素によってグルタミン酸とシステインが結合してγ-グルタミルシステインを合成します。引き続いてグルタチオン合成酵素によってγ-グルタミルシステインにグリシンが結合してグルタチオンが合成されます。
グルタチオンの合成にはATPが必要です。  つまり、グルタミン酸やシステインやグリシンが不足したり、ATPが十分に産生できなかったり、γ-グルタミルシステイン合成酵素やグルタチオン合成酵素の活性が阻害されれば、グルタチオンの濃度は低下して、酸化ストレスに対する抵抗力が低下することになります。

図:グルタチオンは3つのアミノ酸(グルタミン酸、システイン、グリシン)がATPを使って結合して合成される。

グルタチオンは、細胞内に0.5〜10mMという非常に高濃度で存在します。チオール基(SH基)を持ち、この水素が電子を供与することによって活性酸素やフリーラジカルを消去します。  還元型のグルタチオンはGSH(Glutathione-SH)と表記され、GSHが活性酸素などで酸化されると酸化型グルタチオンGSSG(Glutathione-S-S-Glutathione)になります。
つまり、酸化型は、二分子の還元型グルタチオンがジスルフィド結合(2個のイオウ原子が繋がった状態)によってつながった分子です。  

細胞内で発生した活性酸素やフリーラジカルに電子を与えて酸化型になったグルタチオンを還元型に戻す酵素がグルタチオン還元酵素で、このときNADPH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、nicotinamide adenine dinucleotide phosphate)から水素をもらいます。このNADPHはペントースリン酸経路で産生されます。

図:還元型グルタチオンは活性酸素(スーパーオキサイド、過酸化水素など)などと反応して酸化され、2量体化した酸化型グルタチオン(GSSG)に変化するが、グルタチオン還元酵素がNADPHからの電子をGSSGに転移して、GSH(還元型グルタチオン)に再生される。NADPHはペントースリン酸経路から供給される。

がん細胞のグルコース取り込みや解糖系やペントースリン酸経路を阻害するケトン食や2−デオキシ-D-グルコースやジクロロ酢酸ナトリウムはNHDPHの供給を減らすことによって、グルタチオンの合成を低下させ、酸化ストレスに対する抵抗性を減弱させることができます
ATP産生低下はグルタチオン合成をさらに低下させます。また、NADPHの産生低下は脂肪酸合成を抑制して細胞増殖を低下させます

グルタチオンペルオキシダーゼ4が過酸化水素や過酸化脂質を消去する

グルタチオンペルオキシダーゼ(glutathione peroxidase: GPx)は、活性中心にセレンを有する酵素で、グルタチオン(GSH)の存在下で 過酸化水素(H2O2)を水(H2O)に還元するほか、過酸化脂質(LOOH)を還元する機能を有し、 スーパーオキシドディスムターゼ、カタラーゼとともに生体内において重要な抗酸化作用を担っていると考えられています。

図:グルタチオンペルオキシダーゼは、過酸化水素(H2O2)を還元型グルタチオン(GSH)の存在下で水(H2O)に代謝させ、酸化型グルタチオン(GSSG)を生成する。酸化型グルタチオンはペントースリン酸経路から供給されるNADPHを使ってグルタチオン還元酵素によって還元型グルタチオンに還元される。過酸化脂質(LOOH)の還元もグルタチオンペルオキシダーゼが担う。

グルタチオンペルオキシダーゼにはいくつかのサブタイプが存在しますが、細胞内の脂質過酸化物を還元する役割で重要なのが、グルタチオンペルオキシダーゼ4(GPx4)です。GPx4は特に脂質過酸化物を還元することに特化しており、鉄依存性細胞死(フェロトーシス)の調節においても中心的な役割を果たしています。

GPx4の活性が低下するとフェロトーシスが発生しやすくなります。このため、GPx4は神経変性疾患、がん、およびその他の健康問題の研究において、重要なターゲットとなっています。  細胞膜の過酸化脂質を還元できるのは、グルタチオンペルオキシダーゼ4(GPx4)だけです。したがって、グルタチオン、グルタチオンペルオキシダーゼ4、グルタチオン還元酵素、NADPH(ペントース・リン酸回路から供給)、ビタミンB2(グルタチオン・ペルオキシダーゼの補酵素)のどれかが不足しても過酸化脂質が増えます。

◉ がん細胞に対するグルタチオンの2面性

理想的ながん治療の条件は、①がん細胞に特異的に作用すること、②がん細胞を悪化させないこと、③正常細胞にダメージを与えないことだと言えます。
正常細胞にはダメージを与えずにがん細胞だけを攻撃する「がん細胞に特異性(選択性)の高い治療法」であれば、副作用がなくがんを縮小・消滅できます。しかし、実際問題として、そのような理想的ながん治療はまだ存在しません。分子標的薬のようにがん細胞に選択性が高いものもありますが、そのような分子標的薬でも、細胞の増殖や死の制御システムをターゲットにする限り正常細胞にも何らかの影響を及ぼすので、効果がある薬は副作用が伴います。正常な組織も増殖や再生を行っているからです。  

がん細胞の発生を予防したり増殖を抑えたりする方法が、時と場合によって逆効果になる(がんを悪化させたり増殖を促進する)場合があります。このような作用や効果を現す用語として「2面性」とか「諸刃の剣」などが使われます。  
例えば、がん細胞を壊死させる作用がある腫瘍壊死因子-α(Tumor Necrosis Factor-α, TNF-α)は、マクロファージによって産生され、固形がんに対して出血性の壊死を生じさせるサイトカインとして発見されたため、マクロファージを活性化する物質の抗腫瘍効果のメカニズム研究では、TNF-αの産生増加が抗がん作用との関連で言及されます。  
しかし、TNF-αは炎症を増悪し、がん細胞に酸化ストレスを高めて悪性化を促進するので、むしろがんを悪化させる作用が問題となっています。したがって、がんの予防や治療の分野ではTNF-αの産生を抑制する方が良いと考えられています。  

抗酸化物質も同様の2面性を持っています。活性酸素やフリーラジカルによるDNAのダメージが遺伝子変異を起こしてがん発生の引き金になるので、活性酸素やフリーラジカルを消去する抗酸化物質はがん細胞の発生を予防する効果を発揮します。野菜や果物ががんの予防に役立つのは、それらの食品にはフラボノイドやカテキンなど抗酸化作用の強い成分を多く含むからだと考えられています。したがって、抗酸化作用の強い食品成分を材料にしたサプリメントががん予防の目的で利用されています。  

しかし一方、放射線治療や抗がん剤治療では、活性酸素やフリーラジカルの発生ががん細胞を死滅させるメカニズムになっています。したがって、放射線治療や抗がん剤治療を行っているときに抗酸化物質を多く摂取することは、抗がん作用を弱める可能性があります。抗酸化作用のある物質は、がん細胞を酸化ストレスから保護することになるのです。そのため、放射線治療や抗がん剤治療を行っているときは、がん細胞の酸化ストレスを高める方法が有用だと考えられています。  

この「がん細胞の酸化ストレスを高める方法」のターゲットの一つがグルタチオンです。グルタチオンは細胞内に高濃度に存在する抗酸化物質で、活性酸素やフリーラジカルから細胞を守る役割を担っています。したがって、発がん予防の観点からは、グルタチオンの合成を増やして濃度を高めることは、抗酸化力を高めて遺伝子のダメージや変異を防ぐ効果が期待できます

一方、抗がん剤や放射線治療を行っているときは、グルタチオンの濃度が高いとがん細胞が死ににくくなります。  がん細胞の抗がん剤耐性や放射線耐性の原因の一つとして、がん細胞ではグルタチオンの産生が増えているためという意見があります。
がん細胞は抗がん剤や放射線治療を受けると、それらによる細胞傷害に抵抗する手段としてグルタチオンの合成を増やしているのです。したがって、がん細胞のグルタチオンの産生を妨げると、抗がん剤や放射線治療の効果が高まることになります。グルタチオンの産生阻害はフェロトーシスを促進する目的でも有用です

◉ スルファサラジンはがん幹細胞のグルタチオン濃度を低下させて死にやすくする

がん幹細胞が抗がん剤などで死ににくい理由の一つとして、グルタチオンの関与が指摘されています。
慶應義塾大学先端医科学研究所遺伝子制御研究部門の佐谷秀行教授らの研究グループは、がん幹細胞表面マーカーの接着分子CD44の作用について研究しています。CD44はヒアルロン酸をリガンドとする接着因子で、乳がんや大腸がんなど多くの固形がんにおけるがん幹細胞のマーカーとして知られています。
CD44のバリアントアイソフォーム(CD44v)が陽性のがん細胞は腫瘍形成能力が高く、転移をしやすいことが知られていますが、このCD44vが細胞内にシスチンというアミノ酸を取り込むシスチン・トランスポーターの働きを高める結果、還元型グルタチオン(GSH)の合成を促進することで、がん細胞における酸化ストレス抵抗性を高め、増殖や転移や治療抵抗性を高めていることを明らかにしています。

シスチン・トランスポーター(xCT)は、哺乳類細胞形質膜上に発現するアミノ酸トランスポーターの一種であり、細胞内のグルタミン酸との交換により細胞外のシスチンを細胞内に輸送する機能を有します。シスチンはグルタチオンの構成成分であるシステインが2個結合したアミノ酸で、シスチンが細胞内に取り込まれると、システインに代わってグルタチオンを合成する材料になるというわけです。
このトランスポーターが誘導されることにより、細胞内グルタチオンレベルが上昇し、これによって、活性酸素などの酸化ストレスに対する防御能が高まると考えられます。

佐谷教授らのグループは「CD44vがシスチントランスポーターを細胞表面に安定化することで、シスチンの取込みを亢進し、グルタチオンの合成量を高め、酸化ストレスに強くなるから、増殖や転移や抗がん剤抵抗性が亢進する」と報告しています。

図:がん幹細胞のマーカーであるCD44のバリアントアイソフォーム(CD44v)は細胞膜の表面においてシスチントランスポーター(xCT)を安定化させることで細胞外からのシスチンの取込みを増加させ、グルタチオンの生成を促進することで酸化ストレスを軽減できる。
(図と文の出典:新着論文レビュー『CD44のバリアントアイソフォームはシスチントランスポーターxCTを細胞表面に安定化することでがん細胞の活性酸素種を制御し腫瘍の形成を促進する』永野 修・佐谷秀行(慶應義塾大学医学部 先端医科学研究所遺伝子制御研究部門)
http://first.lifesciencedb.jp/archives/2409

そして、スルファサラジン(別名:サラゾスルファピリジン:商品名はサラゾピリンなど)という潰瘍性大腸炎の治療に使われている既存薬にシスチン・トランスポーターを特異的に阻害する作用があることが報告されています 。

シスチントランスポーターの阻害剤であるスルファサラジンを投与すれば、がん細胞内のグルタチオンの濃度が低下し、酸化ストレスに対する抵抗性が低下するので、抗がん剤や放射線治療が効きやすくなると推測されます。フェロトーシスを誘導する治療においても、グルタチオンの濃度を低下させる方法はフェロトーシス誘導を増強します。

グルタチオンの生合成や酸化型から還元型のグルタチオンに再生するメカニズムの複数の作用点を同時に阻害すれば、より効率的にグルタチオンの濃度を低下させることができます。
そのような方法としてがん細胞のATP産生や物質合成を阻害するメトホルミンや2-デオキシ-D-グルコースの有効性も指摘されています。

図:シスチン・トランスポーター(xCT) は、細胞内のグルタミン酸を放出し、細胞外のシスチンを取り込む(①)。シスチンはシステイン2分子がS-S結合したアミノ酸で、細胞内でシステインに変換される(②)。システインはグルタミン酸とグリシンと結合してグルタチオンが合成される(③)。グルタチオンは酸化傷害を軽減する作用によって抗がん剤や放射線治療に抵抗性を与える(④)。xCTの働きを阻害するスルファサラジン(⑤)は、細胞内のシステインを減らしてグルタチオンの濃度を低下させ、がん細胞の酸化ストレス抵抗性を減弱して細胞死を亢進する(⑥)

がん細胞のシスチントランスポーターを十分に阻害できれば、それだけでフェロトーシスを誘導できます
ただし、スルファサラジンの消化管からの吸収率は10%以下と言われ、スルファサラジン単独療法での抗腫瘍効果には限界があります。  

しかし、その一方で、スルファサラジンとジスルフィラムを併用すると、スルファサラジンまたはジスルフィラム単独と比較して、有意に高い細胞傷害効果が得られることが報告されています。肺腫瘍のマウスモデルでは、スルファサラジン+ジスルフィラムは、腫瘍の数とサイズ、肺腫瘍の発生率と個数の減少において、個々の薬剤よりも高い有効性を示しました。これは、ジスルフィラムによる活性酸素の産生亢進と、スルファサラジンによる抗酸化システム阻害の相乗効果と考えられています

スルファサラジンとメトホルミンと併用すると、フェロトーシス誘発において相乗的に作用し、乳がん細胞の増殖を阻害する実験結果が報告されています。これは、シスチン・トランスポーターのタンパク質のUFMylationプロセスを阻害することによりタンパク質安定性を低下させる機序が推測されています。  UFMylationは、ユビキチン様修飾因子UFM1 (Ubiquitin-fold modifier 1) が関連するタンパク質翻訳後修飾の一種です。メトホルミンは、シスチン・トランスポーター(xCT)タンパク質のUFMylationプロセスを阻害するメカニズムでxCTの働きを阻害するという報告もあります。

これらの報告は、スルファサラジンとジスルフィラムとメトホルミンの併用はフェロトーシスの誘導を相乗的に促進する可能性を示唆しています

◉ スルファサラジンの使用法

スルファサラジン(商品名サラゾピリン)は1錠(500mg)が50円で処方しています。
通常、1日に2gから4g(4錠から8錠)を4から6回にわけて服用します。
 スルファサラジンに関するご質問やお問い合わせは、メール(info@f-gtc.or.jp)か電話(03-5550-3552)でご連絡ください。