メトホルミンはがん細胞の酸化ストレスを高める

メトホルミンはミトコンドリアの呼吸酵素を阻害してATP産生を低下し、同時に活性酸素の産生を増やします。さらに解糖系酵素のヘキソキナーゼの活性を阻害します。その結果、がん細胞内の活性酸素の産生量を増やし、抗酸化力を低下し、フェロトーシス誘導を増強します。

◉ 代謝には異化と同化がある

がん細胞が増殖して数を増やすためにはエネルギー(ATP)産生と物質合成を増やす必要があります。ATP産生と物質合成が阻害されれば、がん細胞は増殖できません。さらに、酸化ストレスを防ぐ抗酸化力も低下するので、フェロトーシスが起こりやすくなります。フェロトーシスと代謝の関係を説明します。  

代謝というのは、生命体が生命を維持し活動するための化学反応です。この代謝は、高分子の物質を分解してエネルギー(ATP)を産生する「異化」と、ATPを使ってより低分子の化合物から高分子の生体成分を作り出す「同化」に分けられます。(下図)

図:食物から摂取した高分子の栄養素(糖質、脂肪、タンパク質、核酸など)は、細胞内で分解されて低分子代謝産物に変換される。この反応を異化と言い、栄養物質の分解過程でエネルギー(ATP)が産生される。逆に、低分子代謝産物とATPのエネルギーを使って生体内の高分子化合物を作り出す反応を同化という。

細胞は食物から供給される糖や脂肪やタンパク質を取り込んで、それらを分解する過程で生命活動に必要なエネルギー(ATP)を得ています。これらの高分子化合物は分子内に多数の化学結合を持ち、その結合エネルギーをATPに変換する反応が異化です。個々の細胞は、食物の分解(異化)によって生命活動に必要なエネルギーを産生しています。  

また、異化によって得たエネルギーや低分子化合物を使って、細胞を構成する脂肪やタンパク質や多糖体などの高分子化合物を合成しています。このようにエネルギーを消費して、より低分子の化合物から細胞を構成する高分子化合物を作り出す反応を同化といいます。ATPのエネルギーと低分子化合物から同化によって高分子化合物を合成し、細胞の数を増やすことができます

◉ AMP活性化プロテインキナーゼは同化を抑制し異化を促進する

細胞内にはエネルギー(ATP)の量を感知してATPの産生と消費を制御する仕組みがあります。その中心的役割を担っているのがAMP活性化プロテインキナーゼ (AMPK)というタンパク質です。グルコース欠乏や低酸素などにより細胞内ATP量が減少すると、AMP/ATP 比の増加に伴いAMPKが活性化されます。

AMPKはエネルギー消費の抑制(同化抑制)とエネルギー産生の亢進(異化促進)へと細胞の代謝をシフトさせる働きがあります同化(物質合成)の抑制は、細胞増殖を抑える効果に繋がります。  

AMPKは触媒作用を持つαサブユニットと、調節作用を持つβサブユットとγサブユニットから構成される三量体として存在します。運動やカロリー制限や虚血や低酸素などによってATPが減少してAMP/ATP比が上昇すると、γサブユニットに結合していたATPがAMPに置換します。これによってAMPKの構造変化が起こるとLKB1というリン酸化酵素の親和性が高まり、αサブユニットのスレオニン172がリン酸化されるとさらにAMPKの活性が高まります。  カルモジュリンキナーゼキナーゼβ (CaMKKβ)もスレオニン172をリン酸化してAMPK活性を亢進します。ビタミンDはCaMKKβを活性化してAMPK活性を亢進します。  
活性化したAMPKは異化を亢進してエネルギー産生を亢進し、物質合成(同化)を抑制するように代謝をシフトします。(図)

図:AMP活性化プロテインキナーゼ (AMPK)はαとβとγの3つのサブユニットから構成される(①)。細胞内のATPが減少してAMP/ATP比が上昇すると、γサブユニットに結合していたATPがAMPに置換する(②)。これによってAMPKの構造変化が起こるとリン酸化酵素LKB1との親和性が高まり、αサブユニットのスレオニン172(Thr-172)がリン酸化されると、さらにAMPKの活性が高まる(③)。カルモジュリンキナーゼキナーゼβ (CaMKKβ)もスレオニン172をリン酸化してAMPK活性を亢進する(④)。活性化したAMPKは異化を亢進してエネルギー産生を増やし、同化(物質合成)を抑制するように代謝をシフトする(⑤)。

◉ メトホルミンは解糖系とミトコンドリアでATP産生を阻害する

メトホルミン(metformin)は、世界中で1億人以上の2型糖尿病患者に使われているビグアナイド系経口血糖降下剤です。糖尿病だけでなくがんの予防や治療の分野でも注目されており、がんの発生を予防する効果やがん細胞の抗がん剤感受性を高める効果が報告されています。カロリー制限模倣薬の代表で、抗老化と寿命を延ばす効果も報告されています。  

ミトコンドリアでのATP産生を阻害する作用や、がん細胞の増殖を抑えるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する作用、インスリンの分泌を低下させる作用など、多彩な抗腫瘍効果を持つので、がん治療に保険適応外使用で利用されています。  

ビグアナイド剤は、中東原産のマメ科のガレガ(Galega officinalis)から1920年代に見つかったグアニジン誘導体から開発された薬です。ガレガは古くから糖尿病と思われる病気(口渇や多尿)の治療に経験的に使われ有効性が認められており、その関係でこのガレガから血糖降下作用のあるビグアナイドが発見されました。  
メトホルミンはAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を介した細胞内シグナル伝達系を刺激することによって糖代謝を改善します。すなわち、筋・脂肪組織においてインスリン受容体の数を増加してインスリン結合を増加させ、インスリン作用を増強してグルコースの取り込みを促進します。さらに肝臓に作用して糖新生を抑え、腸管でのグルコース吸収を抑制する作用があります。  これらの作用はインスリンの血中濃度を低下させます。インスリンはがん細胞の増殖を促進するので、インスリンの血中濃度を減らす作用はがん細胞の増殖を抑制する効果があります。  
さらに、AMPKはインスリンおよびインスリン様成長因子-1(IGF-1)によって活性化されるPI3K/Akt/mTORC1シグナル伝達系のmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1: mammalian target of rapamycin complex 1)の活性を抑制します。
また、HMG-CoA還元酵素とアセチルCoAカルボキシラーゼを阻害することによって脂質合成を阻害します。  がん細胞が分裂して数を増やすためには細胞膜に必要な脂質の合成を増やす必要があります。したがって、がん細胞では脂質合成が亢進しており、脂質合成の阻害剤はがん細胞の増殖を抑制します。 メトホルミンは脂質合成を阻害することによって、がん細胞の増殖を抑制します。  

メトホルミンはミトコンドリアの呼吸酵素複合体1(電子伝達複合体1)を阻害してATPの産生を減らし、結果、AMP:ATP比が上昇することでAMPKが活性化されます。言い換えると、メトホルミンはミトコンドリア毒であり、この毒を適量使うと血糖降下作用と抗がん作用が得られるという訳です。  
最近の研究では、メトホルミンは、解糖系でグルコースをグルコース-6-リン酸へ変換するヘキソキナーゼを阻害する作用も報告されています。ヘキソキナーゼ阻害作用は2-デオキシ-D-グルコースと類似の作用です。メトホルミンは解糖系とミトコンドリアの両方でATP産生を阻害し、がん細胞のエネルギー産生を直接抑制すると同時に、AMPKの活性化を介した抗腫瘍効果も発揮すると考えられています。(下図)

図:メトホルミンはミトコンドリアの電子伝達系の呼吸酵素を阻害する作用と解糖系のヘキソキナーゼを阻害する作用によってATPの産生を減らし、AMP/ATP比が増加することによってAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)が活性化される。AMPKはインスリンやインスリン様成長因子-1(IGF-1)によって活性が亢進するmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)を抑制する。

 

◉ 2-デオキシ-D-グルコースとメトホルミンの相乗効果

2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)は、解糖系を阻害することによってATP産生を低下させます。一方、メトホルミンはミトコンドリアの呼吸酵素を阻害してATPの産生を阻害します。さらに、メトホルミンは2-DGと同様に解糖系酵素のヘキソキナーゼの活性を阻害する作用もあります。  
したがって、2-DGとメトホルミンを併用すると、がん細胞のエネルギー産生を阻害する効果を高めることができます
実際に、マウスの移植腫瘍の実験モデルで、2-DGとメトホルミンを併用すると相乗的な抗腫瘍効果が得られることが、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターから報告されています。
培養がん細胞を用いた実験では、2-DGで解糖系を阻害しても、がん細胞を死滅させるだけの効果は得られません。しかし、メトホルミンを同時に投与するとがん細胞は死滅しました。
様々な種類のがん細胞をマウスに移植した動物実験において、2-DGとメトホルミンはそれぞれ単独では抗腫瘍効果が弱いのですが、この2つを併用すると強い腫瘍縮小効果が認められています。
  
がん細胞が増殖するためには、増殖のシグナルと、エネルギー産生と物質合成のための材料が必要です。増殖シグナル伝達系は、インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)とそれらの受容体の結合によって刺激されるPI3K/Akt/mTORC1伝達系が重要です。
  メトホルミンはミトコンドリアの呼吸鎖(電子伝達系)と解糖系のヘキソキナーゼを阻害してATP産生を阻害する作用がありますが、さらにAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化してmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体-1)の活性を阻害することによってがん細胞の増殖を抑制します。
  
一方、2-DGはグルコースの解糖系とペントース・リン酸経路での代謝を阻害することによって、エネルギー産生と物質合成を抑制し、その結果、がん細胞の増殖が抑えられます。
すなわち、2-DGとメトホルミンの同時投与は、がん細胞のエネルギー産生と物質合成と増殖シグナル伝達を効率的に阻害することによって、がん細胞の増殖を阻害することができるのです

図:2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)が細胞内でリン酸化されてできる2-DG-6-リン酸(2-DG-6-PO4)は解糖系のヘキソキナーゼを阻害してエネルギー産生を低下させる。メトホルミンはミトコンドリアにおける呼吸鎖(電子伝達系)を阻害してATPの産生を低下させ、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1(mTORC1)の活性を阻害して、がん細胞の増殖を抑制する。メトホルミンは解糖系のヘキソキナーゼを阻害する作用もある。2-DGとメトホルミンを併用すると強い抗がん作用が得られる。

抗がん剤や放射線治療中にメトホルミンを同時に服用すると、腫瘍縮小効果が高まることが乳がんや食道がんや大腸がんなど多くのがんで確認されています。
抗がん剤や放射線治療の効果を高める目的では、体重や体力に応じて1日500〜1500mgを目安に食後に分けて服用します。
一番多い副作用は下痢です。下痢にならないレベルで服用量を調節します。

2-デオキシ-D-グルコース(体重1kg当たり1日40〜60mg)や糖質制限食やケトン食と併用すると、がん細胞におけるエネルギー産生と物質合成を阻害して、がん細胞を死滅できます。  
エネルギー(ATP)産生と物質合成(同化)を阻害することは、がん細胞のフェロトーシスに対する抵抗力を低下させ、フェロトーシス誘導を促進します。
フェロトーシス誘導療法におけるメトホルミンと2-デオキシ-D-グルコースの役割は、エネルギー産生と物質合成を阻害して抗酸化システムを弱体化し、フェロトーシスに対する抵抗力を低下させることです

◉ メトホルミンと2-デオキシ-D-グルコースの処方について

メトホルミンは1錠(250mg)が50円(消費税込み)です。体重や治療の状況や病状に応じて1日に2錠から6錠を服用します。
2-デオキシ-D-グルコースは厚労省(関東信越厚生局)から薬監証明を取得して中国から輸入して医薬品として処方しています。60g が36,000円(消費税込み)で処方しています。
1日に体重1kg当たり40mgから60mgをを服用します。体重50kgで1日に2gから3gを服用します。
メトホルミンと2-デオキシ-D-グルコースに関するご質問やお問い合わせは、メール(info@f-gtc.or.jp)か電話(03-5550-3552)でご連絡ください。