要旨:
両方の肺に多発性の腫瘍を認める78歳の悪性線維性組織球腫の患者が、通常の抗がん剤治療を拒否し、食餌療法での治療を望んだ。その治療法は、ω3脂肪酸の摂取を高め、ω6脂肪酸の摂取を減らすというものだった。
その患者は、1日にエイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)といったω3不飽和脂肪酸を1日に15g摂取した。リノール酸/ω3多価不飽和脂肪酸の比は0.81であった。
CTやレントゲン検査の結果、腫瘍は少しづつ縮小していった。
患者はDHAやEPAの多い魚や海草の油を大量に摂取したが、副作用は全く認められなかった。
コメント:
脂肪酸はその種類によってがん細胞に対する影響が異なり、リノール酸やγ-リノレン酸やアラキドン酸のようなω6系不飽和脂肪酸はがん細胞の増殖を促進し、エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)やα-リノレン酸などのω3系不飽和脂肪酸はがん細胞の増殖を抑制する効果が指摘されています。
DHAががんの予防や治療の効果を高めることは、多くの臨床的研究や実験的研究で明らかになっています。毎日魚を食べている人は、そうでない人に比べ大腸がんや乳がんや前立腺がんなど欧米型のがんになりにくいという研究結果や、EPAやDHAによる前立腺がんのリスク低下などが報告されています。
DHAががん細胞の増殖速度を抑制し、腫瘍血管新生を阻害し、がん細胞に細胞死(アポトーシス)を引き起こすことなどが多くのがん細胞で示されており、抗がん剤の効果を増強し副作用を軽減する効果も報告されています。
細胞膜には、蛋白質や脂肪酸が存在しますが、脂肪酸は食事から摂取した脂肪酸が使われます。細胞分裂しているがん細胞の細胞膜が、DHAやEPAのようなω3多価不飽和脂肪酸を取り込むと、がん細胞自体がおとなしくなると考えられています。
○脂肪酸のω6とω3の比:
体内に摂取される脂肪酸のω6:ω3の比が高くなると、炎症性疾患や自己免疫疾患などの様々な病気を発症しやすくなります。例えば、慢性関節リュウマチ、ループス、乾癬、潰瘍性大腸炎、骨粗しょう症、歯肉疾患、喘息、アルツハイマー病などの病気のリスクを高めます。
ω6脂肪酸は肉だけでなく野菜にも含まれます。野菜にはリノール酸が多いからです。したがって、一般的な食事ではω6脂肪酸が優位です。
アメリカ人の食事はω6:ω3の比が10〜20になると報告されています。一方、伝統的な日本食(大豆と魚の豊富な食事)ではその比は1〜2.8にあると言われています。
旧石器時代の祖先ではω6:ω3の比は1〜5と言われています。
FAO/WHOはω6:ω3の比は5〜10を推奨しています。
この比を1以下にするには、意識してω3不飽和脂肪酸の多い魚やシソ油、亜麻仁油、クルミの摂取が必要です。DHAやEPAは酸化されやすいので、品質の確かなサプリメントを利用する方が良いかもしれません。魚も熱処理するとDHAやEPAの効果は弱まります。
標準的なアメリカ人はEPAとDHAの摂取は1日100mg程度と言われています。食事やサプリメントから1日500〜 1000mgの摂取が必要だと言われています。
がんの治療の場合には、ω6:ω3の比を低下させる(できれば1以下にする)と抗腫瘍効果が期待できます。
がんに良い食事の場合、脂肪は全カロリーの10%が目安になります。1日2000カロリーとすると、200カロリー分の脂肪は約22グラムになります。その半分の約10グラムくらいのω3脂肪酸を摂取すると良いことになります。そのためには、肉類は極力控え、野菜や果物や大豆製品はバランス良く摂取し、魚や海草を多く食べ、DHA/EPAのサプリメントを1日数グラム摂取すれば、ω6とω3の比を1以下にできます。
極端にω3脂肪酸を多くとると、血液が固まりにくくなるなどの副作用が出ますので、この点に注意しながら、ω3不飽和脂肪酸をω6より多くなるようにすれば、がん細胞の膜に変化が起こって、がん細胞がおとなしくなる可能性があり、試してみる価値のあるがんの食事療法だと思います。
○ドコサヘキサエン酸は細胞膜の脂質組成を変えることによって細胞シグナル系に影響する:
Docosahexaenoic acid affects cell signaling by altering lipid rafts. Reprod Nutr Dev. 45(5):559-79.2005
Stillwell W, Shaikh SR, Zerouga M, Siddiqui R, Wassall SR.
Department of Biology, Indiana University, Purdue University Indianapolis, 723 West Michigan, Indianapolis, IN 46202, USA.
(要旨)ドコサヘキサエン酸は22個の炭素と、6個の二重結合をもっており、細胞膜に存在する脂質としてはもっとも長い不飽和脂肪酸である。人間の健康にも重要なω3脂肪酸の代表でもある。
DHAは特に網膜と脳に多く存在し、細胞膜の脂肪酸の50%近くを占めている。DHAが欠乏すると視力や学習能力の低下、うつや自殺の原因にもなる。
DHAは細胞膜の物理的性状を変化させ、膜のシグナル系に影響する。DHAは脳のphosphatidylethanolaminesに取り込まれ、DHAの豊富は細胞膜はコレステロールを排除する。
DHAが乳がん細胞に細胞死(アポトーシス)を引き起こすメカニズムは、DHAが細胞膜に取り込まれてphosphatidylserineが排除され、その結果細胞膜は破綻することが関連している。つまり、DHAは細胞膜に取り込まれて、細胞膜の性状に変化を与えることによって、細胞のシグナル系に影響することになる。
○MFHの場合は、COX-2阻害剤が効く可能性が報告されている:
COX-2 阻害剤が培養したMFH細胞の増殖を抑えること(下記文献1)、
MHFの組織では腫瘍血管新生の度合いがCOX-2の発現と相関していること(下記文献2)
などが報告されています。(両方とも鳥取大学の病理からの報告です)
(文献1)A selective cyclooxygenase-2 inhibitor, NS-398, inhibits cell growth by cell cycle arrest in a human malignant fibrous histiocytoma cell line. Anticancer Res. 23(6C):4671-6. 2003. Yamashita H, et al.
(文献2)Cyclooxygenase-2 in human malignant fibrous histiocytoma: correlations with intratumoral microvessel density, expression of vascular endothelial growth factor and thymidine phosphorylase. Int J Mol Med. 14(4):565-70. 2004 . Yamashita H, et al.
○ω3不飽和脂肪酸とメラトニンを併用すると抗腫瘍活性が高まる:
Polyunsaturated fatty acids, melatonin, and cancer prevention. Sauer LA, Dauchy RT, Blask DE.
Bassett Research Institute, The Mary Imogene Bassett Hospital, Cooperstown, NY 13326, USA.
Biochem Pharmacol.61(12):1455-62.2001
この論文では、ラットの肝臓がんの実験モデルで、食事にリノール酸を増やし、夜間に光りを当てると腫瘍の増大が促進され、ω3不飽和脂肪酸とメラトニンを投与すると腫瘍の増大が抑えられることが報告されています。リノール酸は、癌細胞の増殖を促進する13-hydroxyoctadecadienoic acid (13-HODE)に変換されますが、ω3不飽和脂肪酸とメラトニンは共に、がん細胞のリノール酸の取り込みを阻害する効果があります。この論文では、夜間に光りを当てると、メラトニンの分泌が減り、そのために13-HODEの産生が増えるからがん細胞の増殖が促進されるという機序を紹介しています。
以上のことから、MFHの治療として、DHAやEPAのようなω3多価不飽和脂肪酸を食事やサプリメントを使って多く摂取しながら、COX-2阻害剤とメラトニンを併用すると、抗腫瘍効果が期待できる可能性が示唆されます。