Metformin and pathologic complete responses to neoadjuvant chemotherapy in diabetic patients with breast cancer.(糖尿病をもつ乳がん患者における術前化学療法に対する病理学的完全奏功とメトホルミン) J Clinical Oncology, 27(20: 3297-3302, 2009 |
目的;経口血糖降下剤のメトホルミンの服用が、糖尿病患者におけるがんの発生と死亡を減らす効果があることが、疫学的研究で示唆されている。培養がん細胞を使った実験や、移植腫瘍を用いた動物実験で、メトホルミンががん細胞の増殖を抑える効果が示されている。しかし、人間の腫瘍におけるメトホルミンの抗がん作用を支持する臨床データはほとんど無い。本研究は、糖尿病をもつ乳がん患者の術前化学療法におけるメトホルミンの効果を検討した。
患者と研究方法:米国のテキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターで1990から2007年の間に早期の乳がんで術前化学療法を受けた患者2529人を対象にし、このうち糖尿病に罹患しておりメトホルミンを服用していた患者が68人、メトホルミンを服用していない糖尿病患者が87人、残りの2374名は非糖尿病であった。術前化学療法後の腫瘍の切除標本を病理学的に検討し、病理学的な完全奏功の率を比較検討した。
結果:メトホルミンを服用したグループの病理学的完全奏功は24%、糖尿病でメトホルミンを服用していなかったグループの病理学的完全奏功は8.0%、非糖尿病グループの病理学的完全奏功は16%であった。メトホルミンを服用していたグループは、メトホルミンを服用していなかったグループに比較して、病理学的完全奏功率が高く、その差は統計的に有意であった。
結論:糖尿病を有する乳がん患者では、メトホルミンを服用することによって術前化学療法の効果を高めることができる。メトホルミンの抗がん作用に関してさらに検討する必要がある。
(解説)
乳がんでは、手術侵襲をさらに少なくするために、 従来はすぐに手術をおこなっていた早期の乳癌に対しても、積極的に術前化学療法 ( neoadjuvant chemotherapy)や 術前ホルモン療法 (neoadjuvant endocrine therapy) が行われるようになっています。これによって腫瘍をできうる限り小さくし、より小さな範囲の温存療法が可能になります。術前化学療法の後に、手術で腫瘍部分を切除して、病理学的に検査すると、がんが全く消滅している場合があります。これを病理学的完全奏功(Pathologic Complete Response, pCR)と言います。術前化学療法で病理学的完全奏功が得られた場合は、再発や転移が低く、予後が良いことが知られています。
この論文の研究は、米国のテキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターからの報告です。メトホルミン服用グループの患者数が68人と比較的少ないので、メトホルミンの有効性をさらに大規模な臨床試験で検証する必要はありますが、統計的に有意差が出ているので、メトホルミンが乳がんの抗がん剤治療の効き目を高める効果があると言えます。
また、この論文では、メトホルミンを服用していない糖尿病患者のうち、インスリンを使用しているグループの病理学的完全奏功が0%に対して、インスリンを使用していないグループの病理学的完全奏功が12%でした。つまり、インスリンががん細胞の増殖を促進する可能性を示しています。
メトホルミンはインスリンの分泌を低下させる効果の他に、AMP活性化プロテインキナーゼの活性を高めて、がん細胞の増殖を抑え、抗がん剤で死滅しやすくなることが報告されています。糖尿病や肥満や運動不足は乳がんのリスク要因でもあり、糖尿病がある場合は再発率が高くなることが報告されています。したがって、糖尿病がある乳がん患者はメトホルミンを服用する方が良いと言えます。
今後は、非糖尿病患者にメオホルミンを投与することが有用かどうかを明らかにする必要があります。
|
Metformin selectively targets cancer stem cells, and acts together with chemotherapy to block tumor growth and prolong remission.(メトホルミンはがん幹細胞に選択的に作用し、抗がん剤治療と相乗的に作用して、がん細胞の増殖を抑制し、寛解期間を延長する)Cancer Res. 69(19):7507-11, 2009
|
(論文の要旨)
がんが再発する理由として、がん幹細胞の存在がある。すなわち、がん組織の中でがん細胞を絶えず増やしているがん幹細胞と、がん組織を作ることができないがん細胞とが混在し、がん幹細胞は抗がん剤に抵抗性で、抗がん剤治療に生き残るために再発が起こるという考えがある。したがって、がん幹細胞を死滅させる薬が望まれているが、そのような薬はまだ存在しない。
インスリン抵抗性を改善し糖尿病の治療に使われているメトホルミンは、がんの発生を抑制する効果があり、培養がん細胞や移植腫瘍を使った動物実験で、乳がんを含め多くのがん細胞の増殖を阻害する作用が報告されている。
ヌードマウスを使ったヒトの乳がん細胞を移植した実験では、トリプルネガティブ(ホルモン非依存性でHer2陰性)の乳がん細胞の増殖を抑制する効果が報告されている。このような研究結果は、非糖尿病の場合でも、メトホルミンががんの治療に有効に働く可能性を示唆している。
この論文では、低用量のメトホルミンが、乳がんのがん幹細胞を選択的に死滅させる効果があることを報告している。メトホルミンと通常の抗がん剤のドキソルビシンとを併用すると、非幹細胞のがん細胞とがん幹細胞の両方を死滅させることができることを培養がん細胞を使った実験で示している。さらに、移植腫瘍を用いた動物実験で、抗がん剤単独の場合と比べて、抗がん剤とメトホルミンを併用すると、腫瘍を縮小させ再発を防ぐ効果が増強することが示された。この動物実験では、ドキソルビシン単独の治療では20日で再発したが、ドキソルビシンと低用量メトホルミンの併用療法では腫瘍の再発が2ヶ月間以上抑えることができた。
これらの研究結果から、乳がんに対して(そして、恐らく他のがんに対しても)、低用量のメトホルミンの投与は通常の抗がん剤治療の効果を高めることが示唆された。
|
The anti-diabetic drug metformin suppresses the metastasis-associated protein CD24 in MDA-MB-468 triple-negative breast cancer cells.(糖尿病治療薬メトホルミンはトリプルネガティブ乳がん細胞MDA-MB-468における転移関連蛋白CD24を抑制する)Oncol Rep. 25(1):135-40. 2011 |
(要旨)
CD24はムチン様の接着分子でがん細胞の転移能を促進し、乳がんにおいて予後不良のマーカーとして知られている。治療に抵抗性の乳がんにおいて、遠隔転移したがん細胞の多くがCD24陽性であることが報告されている。したがって、乳がん細胞において、CD24の発現を抑制することは、転移を抑制する治療法となる可能性がある。
この研究では、トリプルネガティブの乳がん細胞MDA-MB-468細胞に対するメトホルミンの増殖抑制効果は、CD24蛋白の発現抑制と密接に関連していることを示した。
様々な乳がん細胞の中で、トリプルネガティブの乳がん細胞が特にメトホルミンに対して感受性が高いことを認めた。特に、CD44とCD24の両方を発現している乳がん細胞に対してメトホルミンの増殖抑制効果が強いことを認めた。メトホルミンはCD24蛋白の発現を抑制した。
CD24の発現の多い乳がん細胞を持っている患者は無転移生存期間が短いことが明らかになった。
以上のことを総合すると、予後が不良のトリプルネガティブの乳がんに対して、メトホルミンは転移を抑制して、生存期間をのばす効果が示唆された。
|
Metformin Treatment Exerts Antiinvasive and Antimetastatic Effects in Human Endometrial Carcinoma Cells.(メトホルミンはヒト子宮内膜がん細胞の浸潤と転移を抑制する)J Clin Endocrinol Metab. 2010 Dec 29. [Epub ahead of print] |
【研究の背景】多嚢胞性卵巣症候群 (Polycystic ovary syndrome)は子宮内膜の増殖をお越しやすい最も一般的な内分泌機能異常である。多嚢胞性卵巣症候群の治療に使用されるメトホルミンの、子宮内膜がん細胞に対する効果を明らかにする目的で研究した。
【目的と実験方法】培養したヒト子宮内膜がん細胞の浸潤能や転移能に対するメトホルミンの効果を検討した。子宮内膜がんの浸潤と転移には炎症反応が密接に関連しているので、転写因子のNF-kBやマトリックスメタロプロテイナーゼなどとの関連についても検討した。
【結果】 子宮内膜がん細胞ECC-1細胞の培養条件に、メトホルミン(850mgを1日2回服用)を6ヶ月間服用した多嚢胞性卵巣症候群患者の血清を添加すると、メトホルミン非投与の患者血清を添加した場合に比べて、その浸潤能は著明に抑制された。この作用は、炎症やがん細胞の浸潤や転移で活性化されるNF-kBやメタロプロテイナーゼやAktやErk1/2のシグナル伝達系の抑制を介していることが示された。
【結論】メトホルミンは子宮内膜がんの補助療法として有用であることが示唆された。
|
Metformin promotes progesterone receptor expression via inhibition of mammalian target of rapamycin (mTOR) in endometrial cancer cells.(メトホルミンは子宮内膜がん細胞のmTORの阻害を介してプロゲステロン受容体の発現を促進する)J Steroid Biochem Mol Biol. 2010 Dec 17. [Epub ahead of print]
|
(要旨)
プロゲステロンは子宮内膜がんのホルモン治療として使用されているが、その奏功率は低い。その理由はがん細胞におけるプロゲステロン受容体の発現率が低下しているからと考えられている。インスリン様増殖因子は子宮内膜がんのリスクを高め、乳がん細胞においてプロゲステロン受容体の発現を抑制する作用がある。
最近の研究によると、経口避妊薬とメトホルミンを併用すると、プロゲステロン治療で抵抗性の子宮内膜の異型増殖を改善する効果が得られるが、そのメカニズムは不明である。
この研究では、培養ヒト子宮内膜がん細胞を用い、プロゲステロン受容体とインスリン様増殖因子に対するメトホルミンの作用と、メトホルミンがプロゲステロンの抗腫瘍効果を増強するかどうかについて検討した。
その結果、インスリン様増殖因子(IGF-IとIGF-II)はプロゲステロン受容体のmRNAと蛋白の発現を阻害し、メトホルミンはプロゲステロン受容体の発現を促進した。
さらに、IGF-IIはAKTとp70S6Kのリン酸化を促進し、メトホルミンはAMP活性化プロテインキナーゼのリン酸化を高め、p70S6Kのリン酸化を抑制した。子宮内膜がん細胞に対するプロゲステロンの抗腫瘍効果をメトホルミンは相乗的に増強した。1マイクロMのmedroxyprogesterone acetateと10マイクロMのメトホルミンで最大の相乗効果を認めた。
以上の結果より、子宮内膜がんでIGF-IIによって阻害されているプロゲステロン受容体の発現を、メトホルミンは促進する。この作用は、メトホルミンがAMP活性化プロテインキナーゼを活性化し、がん細胞で活性化されているmTORシグナル伝達系を阻害することによって起こる。
|
Metformin against TGF-β induced epithelial-to-mesenchymal transition (EMT): from cancer stem cells to aging-associated fibrosis.(TGF-ベータ誘導性の上皮間葉移行に対するメトホルミンの抑制効果:がん幹細胞から老化関連線維化まで)Cell Cycle. 9(22):4461-8. 2010. |
(要旨)
腫瘍増殖因子-ベータ(TGF-β)は、多くの老化関連疾患の病態において活性化している上皮間葉移行を引き起こす主要な因子である。TGF-β誘導性の上皮間葉移行は、がん幹細胞の運動性を高めて浸潤や転移を引き起こす。
老化性疾患における組織や臓器の線維化もTGF-β誘導性の上皮間葉移行が重要な役割を果たしている。
したがって、TGF-β誘導性の上皮間葉移行を抑制することは、がんの転移を抑制することになり、さらに臓器機能の低下や障害の予防や治療においても有効である。我々の研究グループは、2型糖尿病やメタボリック症候群の治療薬のメトホルミンが、trastuzumab(商品名:ハーセプチン)に抵抗性を示す乳がん幹細胞の自己複製(self-renewal)と増殖を著明に抑制することを報告している。このようなメトホルミンのがん幹細胞に対する抗がん作用のメカニズムとして、TGF-β誘導性の上皮間葉移行の抑制が関与していることを推測して検討をおこなった。
TGF-βは、乳がん細胞MCF-7上皮性マーカーのE-カドヘリンの発現を抑制するが、メトホルミンはこれを阻害する。TGF-βによるがん細胞の浸潤能亢進や間葉系マーカーのビメンチンの発現をメトホルミンは抑制する。
以上のことから、メトホルミンはTGF-βシグナル伝達を阻害して、上皮間葉移行を抑制し、慢性炎症に伴う臓器の線維化やがんの進展を阻害する効果を発揮する。このような機序で、メトホルミンは抗老化の治療薬として役立つ。
(解説)上皮間葉移行〔Epithelial Mesenchymal Transition (EMT)〕は上皮細胞が間葉系様細胞に形態変化する現象です。がん細胞においては、EMTの獲得が運動性の亢進をもたらし、がん細胞の浸潤転移との関連が示唆されています。(上皮間葉移行についてはこちらを参照)
さらに、EMTは慢性炎症などでの臓器の線維化や機能低下とも関連しています。このEMTをメトホルミンは阻害する作用があり、これが、老化やがんの予防に役立つという仮説です。
|