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【ノスカピンとは】
ノスカピン(Noscapine)はモルヒネと同じくけしの液汁(アヘン)に含まれる植物アルカロイド性の成分です。ケシの未熟果実に傷をつけて滲出する乳液を乾燥したものをアヘンと言い、その主成分は麻薬のモルヒネです。アヘンにはモルヒネ以外にも多くのアルカロイドが含まれています。
アヘンから単離された成分としてもっとも古いのがノスカピンで、1803年に単離されています。当時は、アヘンの麻酔・鎮痛作用の成分と考えられて、麻酔睡眠薬を意味するnarcoticからナルコチン(Narcotine)と命名されました。しかし、この成分には麻酔作用や鎮痛作用は無いことが明らかになり、ナルコチンの名称は不適当として、ノスカピンと改称されました。アヘンに含まれるアルカロイドでは、ノスカピンはモルヒネについで2番目に多く含まれています。
モルヒネは強い麻酔・鎮痛作用があり身体的・精神的依存性があるので麻薬に指定されています。一方、ノスカピンには麻酔・鎮痛作用や依存性は無く、強い鎮咳作用があります。
ノスカピンは脳の咳中枢を抑制することによって鎮咳作用を示しますが、麻薬系の咳止め薬と異なり、呼吸を抑制することなく、また習慣性も無いので、『非麻薬性中枢性鎮咳剤』に分類されている医薬品です。咳止め(鎮咳薬)としては1950年代から多くの国で使用されています。
咳中枢とは脳幹の延髄にある咳のコントロール部で、のどや気管支の刺激を受けて咳を起こさせます。ノスカピンは、この咳中枢を抑えることで速効性の鎮咳作用を発揮します。さらに、気管支のけいれん収縮をおさえて、咳をやわらげ呼吸を楽にします。そのような作用から、かぜを含め上気道炎や気管支炎などによる咳の治療に使用されます。咳止めの龍角散や、総合感冒薬(パブロンゴールド、新ルルAゴールド、エスタック顆粒など)のような大衆薬にも含まれている極めて安全性の高い薬です。
日本では、数年前まではノスカピン単独の製剤が医薬品として販売されていましたが、現在では単独では販売されていません。咳止めや風邪薬の一つの成分として配合されて使用されています。
最近の研究で、咳止めとして使用される量より多い量のノスカピンを服用すると、抗がん作用があることが報告されています。がんの代替医療において、乳がん、肺がん、前立腺がん、卵巣がん、脳腫瘍、悪性リンパ腫、白血病など多くのがん種に使用されています。
【ノスカピンの抗がん作用】
1958年、米国の国立がん研究所( National Cancer Institute)における培養がん細胞を使った研究で、ノスカピンにがん細胞を殺す作用があることが発見されました。しかし、薬として特許出願するには新しい物質でなければならず、200年以上前から知られているノスカピンでは特許権が取れないため、製薬会社にとっては大きな利益をあげることができないという理由で、がん治療薬としての開発は行われませんでした。
1997年、米国アトランタのエモリー大学の研究者が、ノスカピンには細胞の分裂に重要な役割を果たす微小管の働きを阻害する効果があることを発見し、がん治療薬として再び注目を集めました。細胞が分裂するときに微小管は重要な役割を担っているため、微小管の働きを阻害する薬が抗がん剤として極めて有効であることが知られていたからです。
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微小管は細胞骨格を形成する蛋白質であり, チューブリンというタンパク質が集まった管状構造をもっています。微小管は細胞分裂の時の染色体の移動に重要な役割を果たしています。したがって、微小管の働きを妨げる薬は、がん細胞の細胞分裂を阻害することによって抗がん作用を発揮します。
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細胞の微小管に作用する抗がん剤として、パクリタキセル(商品名タキソール)やドセタキセル(商品名タキソテール)などのタキサン製剤,ビノレルビン(商品名ナベルビン)などのビンカアルカロイド製剤があります。タキソールやナベルビンは注射薬ですが、ノスカピンは内服で効果が出るというメリットがあります。
エモリー大学の研究では、ヒトのがん細胞を移植した動物にノスカピンを投与すると、副作用がほとんど出ない量で、3週間で80%も腫瘍が縮小しました。
エモリー大学の研究結果は1998年に発表されましたが、さらにその後の研究では悪性リンパ腫や乳がん、大腸がん、白血病、グリオーマなどの他のがんでも有効性が確認されました。
この研究グループの報告によると、ノスカピンは腎臓や肝臓、心臓、骨髄などの臓器にダメージを与えない量で抗腫瘍作用を示すということです。さらに、免疫抑制作用も認められないと報告されています。血液脳関門を通過するので脳腫瘍にも効果があります。
人間における臨床試験でも、前立腺がんや肺がんなど多くのがんで有効性が示され、毒性が少ないことが報告されています。抗腫瘍効果はシスプラチンよりも高いという報告もあります。また、シスプラチンやドキソルビシンなど他の抗がん剤との併用で、抗がん作用を相乗的に高めるという報告もあります。
細胞分裂するときに必要な微小管の働きを阻害するのであれば、他の抗がん剤と同じような副作用が出ないのは不思議です。それは、微小管の働きを阻害する以外の抗がん作用もあるからだと考えられています。
最近の研究では、ノスカピンには血管新生阻害作用があることが報告されています。
がん細胞が低酸素になると低酸素誘導因子-1α(HIF-1α)という転写因子が活性化され、この転写因子は血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の産生を高めます。VEGFは血管を作る増殖因子です。ノスカピンはHIF-1αの活性化を阻害してVEGFの産生を阻害し、血管新生を抑える作用があると報告されています。
また、ノスカピンはブラジキニンという炎症性伝達物質の産生を抑制する作用が報告されています。ブラジキニンは多くのがん細胞の増殖を促進する作用があるので、ブラジキニンの産生阻害作用も抗がん作用のメカニズムと関連していることが示唆されています。
さらに、転写因子のNF-κB活性を阻害する作用があることも報告されています。
このように、ノスカピンの抗がん作用には幾つかの作用メカニズムが働いているようです。その結果、副作用が極めて少ないのに強い抗がん作用を示すのです。
【ノスカピンの服用量と副作用】
咳止めとして使用する場合は、1日量が45〜200mgです。
がんの治療の場合には、さらに多くの量を服用しなければなりませんが、その量はまだ決定されていません。米国で行われている臨床試験では、1日に1000〜2250mgを3回に分けて服用する投与法が使用されています。
注射や座薬での投与も研究されていますが、ノスカピンは内服で体内への吸収が非常に良いので、経口投与で十分だと考えられてます。注射よりも内服の方が使用しやすく安全性も高いと言えます。
ノスカピンの体内での半減期は4.5時間です。
動物における安全性試験では、ノスカピンは極めて毒性が低いことが報告されています。大量に服用した場合の副作用としては、吐き気、腹部不快感が数%程度の頻度で発生しています。
1961年に余命数日と診断された末期がん患者にノスカピンを投与した臨床試験がジョンズ・ホプキンス大学で行われていますが、1日3000mgの投与で80%の患者はなんら副作用が認められませんでした。残りの20%の患者では、軽度の鎮静化と腹部不快感が認められましたが、この研究ではノスカピンを投与しないコントロール群との比較が行われていないため、このような症状がノスカピンの副作用なのか末期がんの症状によるものなのかは不明です。
催奇形性の可能性が否定できないので妊娠中の服用はできません。
【ノスカピンとジクロロ酢酸ナトリウムの相乗効果】
ノスカピンは微小管を構成するチュブリンに結合して細胞分裂を阻害します。その結果、細胞分裂を行っているがん細胞を殺す効果を発揮します。
しかし、がん細胞は様々な機序で細胞死(アポトーシス)に抵抗性を獲得し、死ににくくなっています。アポトーシスに対する抵抗性を軽減する方法としてジクロロ酢酸ナトリウムの効果が報告されています。
ノスカピンもジクロロ酢酸ナトリウムも副作用の少ない内服薬で、その作用機序のユニークな点から、他の抗がん剤治療で効果が出なくなった場合の代替治療として試してみる価値はあるかもしれません。
(ジクロロ酢酸ナトリウムの抗腫瘍効果についてはこちらへ)
【ノスカピンの抗腫瘍効果に関する論文とその要旨】
●ノスカピンはNF-κBシグナル伝達系に作用して抗がん剤感受性を高める
Noscapine, a benzylisoquinoline alkaloid, sensitizes leukemic cells to chemotherapeutic agents and cytokines by modulating the NF-kappaB signaling pathway.(ベンジルイソキノリン・アルカロイドのノスカピンは、NF-κBシグナル伝達系に作用して抗がん剤やサイトカインに対する白血病細胞の感受性を高める)Cancer Res.70(8):3259-68., 2010. |
【要旨】ノスカピンの抗がん作用のメカニズムは不明な点も多い。転写因子のNF-κBは炎症やがん細胞の増殖・浸潤・血管新生に重要は役割を果たしている。ノスカピンの抗がん作用と、NF-κBシグナル伝達系との関係を検討した。サイトカインや抗がん剤によって誘導されるがん細胞のアポトーシスをノスカピンは増強した。
ノスカピン単独投与で、ヒト白血病細胞と骨髄腫細胞の増殖を抑制し、細胞の生存に必要な蛋白質の発現レベルを低下させた。細胞の増殖、浸潤、血管新生に関与しNF-κBによって発現が調節されている蛋白質の誘導性発現を抑制した。ノスカピンはIκBキナーゼの活性を阻害してIκBαのリン酸化と分解を抑制し、さらに、p65のリン酸化と核への移行を抑制することによってNF-κBの活性化を抑制した。NF-κBによって活性化されるCOX-2プロモーター活性をノスカピンは阻害した。
以上のことから、ノスカピンはNF-κBの活性を低下させることによって、白血病細胞の増殖を抑え、腫瘍壊死因子や抗がん剤に対する腫瘍細胞の感受性を高めることができる。 |
●ノスカピンは血管新生阻害作用や放射線感受性を高める作用がある。
Antiangiogenic effects of noscapine enhance radioresponse for GL261 tumors.(ノスカピンの血管新生阻害作用はGL261腫瘍の放射線感受性を高める)Int J Radiat Oncol Biol Phys. 71(5):1477-84, 2008. |
【要旨】グリオーマ細胞(GL261)を移植したマウスの実験モデルで、ノスカピンは放射線治療の抗腫瘍効果を高めた。放射線単独治療に比べ、ノスカピンと放射線治療を併用した場合は、腫瘍の血管新生が著明に阻害された。すなわち、ノスカピンはグリオーマ細胞GL261の放射線感受性を高め、腫瘍増殖を著明に抑えた。その作用機序として血管新生阻害作用の関与が示唆された。 |
●ノスカピンは他の抗がん剤の作用を高める。
Anticancer activity of Noscapine, an opioid alkaloid in combination with Cisplatin in human non-small cell lung cancer.(ヒト非小細胞性肺がんに対するシスプラチンとの併用におけるノスカピンの抗がん活性)Lung Cancer 71(3):271-82, 2011 |
【要旨】肺がん培養細胞を使ったin vitroの実験系と、肺がん細胞を移植したマウスのin vivoの動物実験系を用いて、ノスカピンとシスプラチンの併用による抗がん作用を検討した。ノスカピンとシスプラチンの併用は肺がん細胞に対するアポトーシス誘導活性において相乗効果を示した。
マウスの肺がん移植腫瘍の実験系では、腫瘍縮小率が、シスプラチン単独で38.2%、ノスカピン単独で35.4%に対して、シスプラチン+ノスカピン併用群では78.1%であった。
ノスカピンは、がん細胞のアポトーシスに関連するシグナル伝達系に作用し、シスプラチンの抗がん作用を増強することが示された。この結果は、肺がん治療におけるシスプラチンとノスカピンの併用療法の有効性を示唆している。 |
●ヒト非小細胞性肺がんを移植したマウスの実験モデルで、ノスカピンは腫瘍縮小効果を示した。
Antitumor activity of noscapine in human non-small cell lung cancer xenograft model.(ヒト非小細胞性肺がんを移植した動物実験モデルにおけるノスカピンの抗腫瘍効果)Cancer Chemother Pharmacol. 63(1): 117-126, 2008 |
【要旨】ヒト非小細胞性肺がんのH460細胞を用い、細胞培養の試験管内(in vitro)の実験と、ヌードマウスに移植した動物実験(in vivo)で、ノスカピンの抗腫瘍効果を検討した。培養細胞の実験では、細胞増殖を50%抑制する濃度は34.7 +/- 2.5μMであり、30〜40μMの濃度でアポトーシスを誘導した。
移植腫瘍の実験では、300mg/kg/day, 450mg/kg/day, 550mg/kg/dayの経口投与によって、コントロール(ノスカピン非投与)と比較して、それぞれ49%, 65%, 86%の腫瘍の縮小を認めた。ノスカピン投与によって、PARPやBax, caspase-3の発現増加と、Bcl2の抑制を認めた。Bax/Bcl2比の増加は、ミトコンドリアを介したアポトーシス誘導を示唆した。 |
(コメント:ノスカピンはミトコンドリアを介した機序でアポトーシスを誘導するので、ミトコンドリアを活性化してがん細胞のアポトーシスを誘導するジクロロ酢酸ナトリウムとの併用で相乗効果が期待できるかもしれません)
●ヒト前立腺がんを移植したマウスの実験モデルで、ノスカピンは腫瘍の進展と転移を阻害した。
Prophylactic noscapine therapy inhibits human prostate cancer progression and metastasis in a mouse model.(マウスの実験モデルでノスカピンの予防的投与はヒト前立腺がんの進展と転移を阻害する)Anticancer Res.30(2):399-401. 2010 |
【要旨】ヒト前立腺がん細胞(PC3)をマウスに移植した実験モデルで、ノスカピンは腫瘍の増殖とリンパ節転移を抑制することが報告されている。この研究ではノスカピンの予防的投与の効果を検討した。
ヌードマウスにPC3細胞を移植した7日後からノスカピン(300mg/kg/日)を56日間投与した場合(治療群)と、がん細胞移植の7日前から投与を開始してノスカピンを70日間投与する場合(予防的投与群)に分けて比較した。移植腫瘍の体積の平均は、ノスカピン非投与群では1731mm3、ノスカピン予備的投与群では633.3mm3、治療群で910.9mm3であった。ノスカピン投与による毒性は認めなかった。ノスカピン投与群ではリンパ節転移も抑制されていた。
以上の結果より、ヒト前立腺がん細胞を移植したマウスの実験モデルで、ノスカピンを早期から投与すると腫瘍の進展と転移を抑制できることが示された。 |
●ノスカピンはミトコンドリア介在性のアポトーシスを誘導する。
Noscapine induces mitochondria-mediated apoptosis in gastric cancer cells in vitro and in vivo.(ノスカピンは胃がん細胞の培養細胞および生体内の実験系でミトコンドリア介在性のアポトシスを誘導する)Cancer Chemother Pharmacol. 67(3):605-12, 2011 |
【要旨】ノスカピンは細胞の増殖と死の調節において重要な役割を担っている。ノスカピンは様々ながん細胞においてアポトーシス(細胞死)を誘導することによって抗腫瘍作用を増強することが報告されている。しかしながら、胃がん細胞におけるアポトーシス誘導作用のメカニズムについては明らかになっていない。この研究では、4つの胃がん細胞株を用い、ノスカピンが胃がん細胞にアポトーシスを誘導するシグナル伝達機構を解析した。
ノスカピンは胃がん細胞に対して用量依存的にアポトーシスを誘導した。ノスカピンは、アポトーシスを誘導するBaxとチトクロームC蛋白の発現量を増やし、アポトーシスに抵抗性にするBcl-2蛋白を低下させた。アポトーシスを実行するCaspase-3とCaspase-9を活性化した。これらの結果は、アポトーシスがミトコンドリアを介した機序で起こっていることを示している。さらに、移植腫瘍の実験系でも、ノスカピンの投与はがん細胞にアポトーシスを誘導して腫瘍の増大を抑制した。
以上の結果から、ノスカピンは胃がん細胞にミトコンドリアにおけるシグナル伝達を介したメカニズムでアポトーシスを誘導することが示された。 |
●がん抑制遺伝子のp53やp21に異常があるがん細胞では、ノスカピンは効きにくい。
p53 and p21 determine the sensitivity of noscapine-induced apoptosis in colon cancer cells.(p53とp21は大腸がん細胞におけるノスカピンによって誘導されるアポトーシスの感受性を決める)Cancer Res, 67(8):3862-70, 2007 |
【要旨】ノスカピンはチュブリンに結合して微小管の働きを阻害し、c-Jun NH(2)-terminal kinaseの経路を介して細胞分裂を止める。がん抑制遺伝子のp53蛋白は、抗がん剤やDNA障害に対するがん細胞の反応において重要な働きを果たしている。
p53, BAX, p21遺伝子に異常のある大腸がん細胞を用いて、ノスカピンによるアポトーシス誘導の機序を検討した。
p53が正常な大腸がん細胞では、ノスカピンはp53の発現量を増加させ、BAX/Bcl-2の比率を増加させて、アポトーシスに対する感受性を高めた。一方、p53やp21を欠損した大腸がん細胞では、ノスカピンによる細胞増殖抑制やアポトーシス誘導作用に対して、抵抗性を示した。
つまり、がん抑制遺伝子のp53とp21に異常があるがん細胞では、ノスカピンによるアポトーシス誘導作用に抵抗性を示す。 |
(コメント:がん細胞には、p53やp21遺伝子の異常を伴っているものも多いので、ノスカピンだけでは抗腫瘍効果に限界があるかもしれません。p53を介さない機序でがん細胞を殺す薬の併用が必要かもしれません)
費用:
ノスカピンは200mgが400円になります。病状や治療の状況に応じて、1日に3〜9カプセルを服用します。1ヶ月分が36000円〜108,000円と費用がやや高価です。しかし、副作用がほとんど無く、ジクロロ酢酸ナトリウムやアルテスネイトと併用することによって、抗腫瘍効果を高めることができます。
ご希望の方あるいはご質問のある方はメール(info@f-gtc.or.jp)か電話(03-5550-3552)でお問い合わせください。
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